これは“自分のための映画”だーーマイノリティ描く『ムーンライト』に共感を抱く理由

 第89回アカデミー賞、最多6部門を受賞したのは、ミュージカル映画『ラ・ラ・ランド』だったが、映画作品自体に贈られる作品賞の栄誉に輝いたのは、孤独な少年の成長を静かに描いた『ムーンライト』だった。タイトル通り月光のように仄かで、繊細な色彩と質感を持つ、きわめて美しいこの映画は、社会から抑圧され、ときに排斥されるマイノリティの苦しみを描きながらも、多くの観客に、「これは自分のための映画だ」と思わせるような普遍的な力が備わっているように感じられる。ここでは、本作『ムーンライト』が、そのような魔法を生み出すことができた理由と、アカデミー作品賞を獲得した意義について、できるだけ深く考察していきたい。

 

 本作の作品賞受賞には、様々な歴史的達成がある。黒人の監督による映画であること、主要なキャストが全員黒人であること、そして、セクシャル・マイノリティ(性的少数者)が主人公であること。いままでにアカデミー作品賞を獲得した映画のなかで、これらの特徴を持った作品はなかった(俳優、脚本、監督賞などはすでに受賞した歴史がある)。

 前年度、前前年度のアカデミー賞は、ノミネートされた俳優がすべて白人だった。この背景には、選出するアカデミー会員の多くが白人の男性だということが影響していると指摘され、「白人のためのアカデミー賞」と揶揄されるなど、映画人のなかからも賞に対する批判が起こった。そのことが作用したのか、第89回では、6人の黒人俳優がノミネートされ、助演男優賞に、本作で麻薬密売人を演じたマハーシャラ・アリが選ばれ、監督のバリー・ジェンキンスらが脚色賞を獲得するなど、黒人の映画人の躍進がみられた。ゲイである黒人の少年を主人公にするという、複数のマイノリティの要素が含まれた本作が作品賞に選ばれた裏に、このような政治的状況があったことは否定できないだろう。また、ドナルド・トランプ大統領の人種差別的とみられる政策への反動もあったはずだ。

 だがそのような事情とは関係なく、本作の高い完成度、後述するような、新しい試みの演出がいくつもみられること、さらにアカデミー賞の前哨戦といわれるゴールデングローブ映画部門作品賞をもすでに受賞していることなどから、『ムーンライト』がアカデミー作品賞に相応しい映画であることは、複数の角度から裏付けることができる。だから、本作に光が当てられたことは、少なくとも個人的に素直に喜ぶことができるし、マイノリティへの偏見払しょくの一助となることや、このようなアートフィルムが、普段この種の映画に足を運ばない観客を動員するという社会的な意義に対して評価することもできる。

 

 しかし、本作の内容は、そのような社会的な要素を扱いながらも、とくに主人公が「ゲイ」であることや「黒人」であることの特殊性をそれほどには強調しておらず、あくまでコミュニティのなかで排斥される個人の心の葛藤に集中して描いているように見える。人種間の確執や価値観の対立をそのまま正面から描いたり、観客たちを奮い立たせようとする、スパイク・リー監督のような「闘う」姿勢というよりは、包み込むような優しさがあるという点が特徴的である。

 フロリダ州マイアミは、アメリカ有数のリゾート地として有名だが、同時に有数の治安の悪さを誇る、リバティ・シティーという一帯も存在する。住民は黒人や貧困層が多く、違法な麻薬ビジネスや犯罪が横行している地域だ。本作は、監督の故郷でもある、この危険な地域を舞台にしており、そこで暮らすひとりの内気な少年、シャロンを主人公に、彼の少年期、思春期、成人期という3つの時代を描いていく。

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