『君の名は。』は映画市場をどう変えたか? GEM Partners梅津氏が読む、2016年の興行データ

梅津 文氏。GEM Partners事務所内、ずらりと並んだ『キネマ旬報』本棚の前にて

 日本映画製作者連盟が1月末に発表した2016年度の映画興行データによると、全体の興行収入は約2,355億円で、好調だと言われた2015年の108.5%という結果になった。中でも『君の名は。』の興行成績が235億円を越える大ヒットとなったことは、連日さまざまなメディアで報道され、大きな話題となった。このデータを、映画マーケティングのプロフェッショナルはどう読み解くのか? 映画・映像業界に特化した分析サービスを行っているGEM Partners株式会社の代表取締役/CEOの梅津 文氏に、2016年の映画興行を振り返ってもらうとともに、映画マーケティングの意義や、今後の映画業界への展望について、インタビューを行った。(メイン写真は『君の名は。』より。(c)2016「君の名は。」製作委員会)

「意欲度」が予測した『君の名は。』の大ヒット

ーー先日、日本映画製作者連盟が発表した2016年度の映画興行データでは、『君の名は。』の235.6億円(1月22日時点/150日間成績)をはじめ、アニメが豊作でした。大ヒットの予兆は、公開前からあったのですか?(日本映画製作者連盟・2016年度の映画興行データはこちら

梅津:アニメ作品は『君の名は。』『名探偵コナン 純黒の悪夢』『映画 聲の形』など、目立つ作品が多かったですね。中でも『君の名は。』の興行成績については、弊社の映画宣伝トラッキングレポートのCATS(Cinema Analytical Tracking Survey/キャッツ)内の事前のシミュレーションで、高めの数値が出ていました。公開8週前から一貫して公開週末土日で約5~7億円というシミュレーション値で業界関係者の中にはいくらなんでもその数値は高すぎないかという声もあったのですが、実際に蓋を開けてみたら約9億3,000万円でした。

ーーそのシミュレーションは、具体的にどんな風に行うのでしょう?

梅津:「意欲度」と興行収入の関係をモデル化して予測しています。弊社では、ユーザーが映画のタイトルを知っていること、つまり「認知度」と、実際に映画を観ようという「意欲度」を調査しています。さらに「意欲度」が上がったのであれば、その要因はテレビCMなのか、はたまたニュースサイトの特集記事なのか、判断できる状態にまで整理していきます。「認知度」を上げるにはテレビの効率に勝るものはないですが、「意欲度」はYouTubeの動画再生やTwitterでのツイート件数と連動することが多いです。ただ、YouTube動画は意欲が上がったから再生回数が上がったのか、それとも再生回数が上がったから意欲が上がったのか、判断するのが難しいところもあります。『君の名は。』の場合、公開前からYouTubeでの予告動画の再生回数が非常に多かったですね。人気歌手のミュージックビデオということでもなく、大量の広告があったわけでもなさそうな中、おそらく、新海誠監督の元々のファンが強く勧めていったのでしょう。加えて宣伝の仕方も良くて、劇場の予告も効果的だったと思います。

ーー劇場の予告編もやはり、意欲度を上げるのに重要ですか。

梅津:映画予告編に勝る宣伝はないと思います。映画が一番素敵に見える場所は、やはり映画館ですから。それに、ユーザーが「映画を観よう」という気分が高まっているタイミングで流されるので、とても効果的です。弊社では毎週の調査の中で、1週間以内に映画を鑑賞した方に対して、なんの映画を見て、その前にどんな予告編を見たのかを聞いているのですが、『君の名は。』の数字もやはり高かったです。

ーー『君の名は。』以外のアニメ作品も、良い成績を収めていましたね。

梅津:ヒットの要因は作品ごとに違うと思いますが、「最近はアニメ映画がヒットしてるらしいね」という“空気”はすごく大事だったと思います。たとえばニュースでよくアニメが取り上げられていたり、業界全体がポジティブな見方をしていたり。全体的な空気感は、作品のヒットに影響を与える効果があったと思います。ただ『君の名は。』は、実は『アナと雪の女王』ほどに全世代のヒットにはなっていなくて、若者の間で爆発的にヒットした作品でした。『アナと雪の女王』の場合は、ディズニーブランドの強さもあって、女性の中では幅広い年代に訴求できます。20代の女性も来るけれどもお母さんと子供も来ていた。年齢層の分布が全然違うんです。

ーー『君の名は。』が若者の間でヒットしたことで、どんな影響がありますか?

梅津:『魔法少女まどか☆マギカ』もそうだったんですけれど、アニメの大ヒットが出ると、10代の方たちの映画鑑賞率がぐっと上がります。『君の名は。』は前例がないほど多くの若者に観られた作品で、これは前例がないほど多くの若者が劇場予告を観たということでもあります。これはとても素晴らしい資産だと思っていて。映画は習慣化しやすい娯楽で、予告編を観て「次はこれを観よう」ってなる可能性が高いんです。年に一本以上映画館で映画を観る人を、若い層に増やしたことも『君の名は。』の大きな功績といえるでしょう。

ーー邦画で3位にランクインした『名探偵コナン 純黒の悪夢』の63.3億円も、特筆すべき数字ですね。

梅津:『君の名は。』ほどには世間的にはあまり語られませんでしたが、『名探偵コナン 純黒の悪夢』はものすごい快挙を成し遂げたといえます。というのも、同作は連続もののアニメ映画に付きものである“卒業問題”を解消しているんです。通常、こうした映画は10代が観るものと思われがちですが、同作は20代の意欲度も非常に高かった。つまり、はじめてシリーズを観る人にとって興味深い作品であるだけではなく、昔からのファンが変わらずに観ようと思える内容作りをして、それが成功した素晴らしい一例だったのではないかと。データでも、そのことが如実にわかります。

ーー認知度に対して意欲度が特に高かった作品は?

梅津:認知度の割に意欲度が高く、スマッシュヒットとなった作品としては『デッドプール』ですね。認知度は低かったにもかかわらず、意欲度も非常に高くて大ヒットとなりました。また、意欲度に対する興行収入も高めで、「絶対に見る」意欲の高さがうかがえます。アメリカでも同じような広がり方をしたんですけれど、You Tubeでファンが動画を見つけて、自主的に拡散していく現象が起こりました。観たい人たちによるコミュニティが形成されていて、製作者や宣伝側もそこに適した展開を行ったことが成功の一因ではないかと。アニメなどの世界でもコアなコミュニティがすでに形成されて認知よりも意欲の高さ・強さが力強い動員につながっている例が多いですが、こういった事例が増えていく可能性がありますね。また、いまはネットの検索履歴や行動履歴からユーザーが次にどの映画をどのくらいの確率で観るか、ある程度はわかるのではないかと考えています。ターゲティングの精度が上がっていけば、より一層、観たい人に認知してもらえる確率も高まるし、映画業界全体のベースアップに繋がるかもしれません。

ーーPCやスマートフォンが普及したことで、デジタル広告の効果はやはり高まっていますか。

梅津:SNSやモバイルPCで認知した方の割合は、洋邦に関係なく、近年最も増加しています。一方でテレビで認知した方の割合はじわじわと低下傾向にあるのですが、いかんせんもともとの数値に大きな差があるため、依然としてテレビの効果は大きいです。ただ、認知度が上がっても意欲度が伸びないといけないし、最後には劇場に運びチケットを買っていただかなければいけない。その展開としてデジタル広告が重要性を帯びてきます。メディア環境の変化の中でどうやって映画を伝えていくのが最も効果的なのかは、非常に興味深いですね。iPhoneが登場した当時、今のような状況になるとはまったく想像できなかったので、パラダイムが一気に変わる瞬間はあるかもしれません。

関連記事