『この世界の片隅に』ヒットを目指し、映画館はこう仕掛けたーー立川シネマシティ・遠山武志が解説

映画館の企画はどう立てる?

 ここで、シネマシティの『この世界の片隅に』の企画に当てはめてみましょう。まず“ウリ”、つまり長所は“原作が傑作である”ということ“クラウドファンディングで目標の倍額集めたこと”“あの傑作『マイマイ新子と千年の魔法』の監督の新作である”ということでしょう。“ヒロインの声をのんさんが演じる”というのも加えてもいいかも知れません。

 ただこれは作品自体が持つ長所なので、劇場の企画というからにはもう1つ必要です。これが“劇場の熱情”にあたります。原作良し、監督良し、ファンも多し、という作品への期待があり、それをさらに後押しする“劇場が強力に推している”というのが加わって2つです。さらに“優れた音響で上映する”というのを加えて、3つです。2つ目と3つ目は相関関係にあります。情熱の証明としての音響を調整して手を掛けて丁寧に上映するということです。

 次に魅力的な欠点です。これには「題材の一般受けの難しさ」を使いました。第二次世界大戦、広島、とくれば、面白おかしいエンタテイメント作品になるはずもありません。ですが、映画ファンはなにもお気楽な作品ばかりを望むわけではありません。誤解を覚悟であえてイヤな言い方をしますが、大衆性を軽く否定することで、知的好奇心が旺盛な層を惹きつけます。映画を熱心に観る方たちは、この層に多くの方が属しています。

 ここまでが上手く構成できれば、その企画は少なくとも失敗することはないかと思います。短期的はあり得るかも知れませんが、長期的には良い結果を生めるのではないでしょうか。ですが、より盤石にするためにはもう一つの要素、“出自の秘密”を持っていることがキャラクターに、つまりここでは企画に、訴求力と説得力をもたらします。

 ふたたび悟空とドラえもんに登場してもらいましょう。悟空の出自の秘密、それは“宇宙人である”ということです。悟空は尻尾が生えており、月を見ると大猿に変身します。後にサイヤ星という星からの使者であることがわかります。さらに、父親は下級戦士であるものの、伝説的な強さを誇り、悟空は人類を滅ぼすために派遣されたということが明らかになります。これでなぜこれほどに強いか、ということが裏付けされます。ドラえもんは、22世紀から来たネコ型ロボットであり、ロボット自体は量産型であるものの、ネズミに耳をかじられることで全身が青ざめ、耳がなく、青色であるという特別な(劇中では欠陥品と言われるものの)存在になります。それが量産型工業製品に特権性を発生させるのです。

 これは作劇法では“貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)”などと呼ばれる物語のタイプに当たる設定です。実はキン肉星の王子とか、父親が美食倶楽部の主宰とか、主人公の特別な才能を裏付けする設定ですね。

 企画にもまた、この設定があるとないとでは大きく変わります。僕がシネマシティでよく使う設定は、“オープン当時から音響にこだわってきた”ということか、または“都内初のシネコンである”こと、あるいは“前身は1951年からやっている映画館であること”“一流の音響家たちによって作られたサウンドシステムを有していること”などです。

 『この世界の片隅に』で使ったのは、【極爆】【極音】でよく知られたシネマ・ツーだけではなく、少し離れた建物のシネマ・ワンもまた、シネマ・ツーと同じMeyer Sound社のスピーカーを備える優れた音響設備を持っている、という秘密です。これが今回の企画のエッセンスである“美しい音で上映する”という思いが実際に可能であることの裏付けになっています。

 ただしこの“出自”は後付けで作るのはなかなか難しいものです。単純な方法は、作ろうとしている企画と同様のことを継続して実績を積み重ねていくことです。5年後、10年後、失敗したものも含めて、それが地盤になっていきます。

 もしご興味がある方は、これまでにシネマシティが行った、例えば「マッドマックス 怒りのデス・ロード」の企画、「ガールズ&パンツァー劇場版」の企画がやはり同様の構造を持っていることを分析してみてください。本当はもうちょっとだけ複雑に考えて企画を作っていますが、大体この通りです。なぜならキャラクターを作る、ということはその中に物語を内包することになるからです。よく作家が「登場人物が勝手に動きだす」ということを言いますが、それはこういうことなのです。

 このメソッドは企画だけでなく、店舗や企業の魅力作りにも役立つかも知れません。もちろんメソッドだけで何もかも上手くいくはずはないんですけどね(笑)。僕も結局、毎回毎回頭を悩ましています。それでも、武道と同じ、基本は型なんです。

 もっと追求を。そしてもっとすごい熱狂を。 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

(文=遠山武志)

■立川シネマシティ
映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。

『シネマ・ワン』
住所:東京都立川市曙町2ー8ー5
JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分
『シネマ・ツー』
住所:東京都立川市曙町2ー42ー26
JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分
公式サイト:http://cinemacity.co.jp/

メイン写真:『シン・ゴジラ』(c)2016 TOHO CO.,LTD.

■公開情報
『この世界の片隅に』
テアトル新宿、ユーロスペースほか全国拡大公開中
出演:のん、細谷佳正、稲葉菜月、尾身美詞、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世、澁谷天外
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
監督補・画面構成:浦谷千恵
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
(c)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
公式サイト:konosekai.jp

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