巨匠エルマンノ・オルミ監督が伝承する戦争の記憶 80歳を越えて『緑はよみがえる』手がけた背景

代表作『木靴の樹』との連続性

 

 オルミについて語るとき、胸に必ず蘇るのが『木靴の樹』(78)だ。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞した本作は、19世紀の終わり、北イタリアのロンバルディア州にあるベルガモに暮らす貧しい農民の物語。過酷な日常の中にもささやかな喜びがあり、出演者は現地の農民ばかり。確かな土の匂いが香りたってくるような一作である。

 中でも印象深い表情を見せるのが、幼き少年だ。親は教会の司祭に勧められて子供を学校へと通わせる。片道6キロの道のりを木靴でトコトコと行く。やがて木靴が壊れ、父は地主の目を盗んでポプラの木を切り倒し、息子のために木靴をこしらえる。それが皮肉な結末を招くとは知らずに・・・。

 このオルミの名声を世界的に知らしめた作品のことを考えていると、興味深いことに気づかされる。仮に19世紀末の農村で暮らすこの可愛らしい少年がそのまま成長したとすると、『緑はよみがえる』が描く1917年にはまさに塹壕で戦争の狂気に飲み込まれる兵士らと同じ年代になるのである。

 現に、第一次大戦では多くの農民出身者が従軍したという。イタリアという国が併せ持つ一つの記憶として、『木靴の樹』と『緑はよみがえる』は全く切り離された物語とは決して言いきれない。塹壕で死と隣り合わせに佇む兵士が手紙に「母さん・・・」と書き記す時、私にはどうしても『木靴の樹』に登場した、優しくも力強い肝っ玉母さんたちのことが思い出されてやまなかった。

緑はよみがえり、記憶は受け継がれる

 

 『緑はよみがえる』の中でとりわけ印象深いシーンに、満月の明かりに照らされた一本のカラマツの木が黄金色の色に染まり、そしてやがて爆撃とともに一気に燃え上がる描写がある。本作といい、『木靴の樹』といい、たった一本の樹が観客の胸に切々と訴えかけてくるものは大きい。オルミはおそらくその効果を誰よりもよく知る表現者だ。

そして映画の最後、一人の兵士が語る。

「やがて戦争は終わり、ここには緑がよみがえる。ここで起きたこと、耐え忍んだことは何も残らない。信じる者すらいなくなる」

 失われても再生する自然の力強さ。と同時に、語り継ぐことの重要性を切々と訴えかけてくる言葉である。

 そのキャリアをドキュメンタリー監督としてスタートさせ、70年代には都会を離れ自然と共にある暮らしを好んだオルミ。彼にとって本作は単なる戦争映画を超えた、まさに記憶の伝承装置。語り継ぐこと、記憶(記録)することにこだわり続け、ようやくたどりついた境地とも言えるのかもしれない。

■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter

■公開情報
『緑はよみがえる』
岩波ホールほかにて公開中
監督:エルマンノ・オルミ
撮影監督:ファビオ・オルミ
プロデューサー:ルイジ・ムシーニ、エリザベッタ・オルミ
出演:クラウディオ・サンタマリア、アレッサンドロ・スペルドゥティほか
2014年/イタリア/80分/1:1.85/5.1ch/DCP/原題:torneranno i prati
後援:イタリア大使館
特別協力:イタリア文化会館
提供:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ/シネマクガフィン
配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ
公式サイト:http://www.moviola.jp/midori/

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