立川シネマシティ・遠山武志の“娯楽の設計”第1回
映画館はネット配信にどう対抗する? 『ヘイトフル・エイト』極上爆音上映の狙い
映画館はもっと面白くなれる。
いつもそう考えながら、東京の西側、立川だけにある独立系シネコン、“シネマシティ”で僕は働いています。もし、あなたが熱心な映画ファンや音楽ファン、あるいはミュージカルファンやアニメファンであるならば、【極上音響上映】【極上爆音上映】という名前をどこかで聞いたことがあるかも知れません。音響家が作品に最適な音に調整して上映するスタイル。それをやってる映画館が“シネマシティ”です。2/27(土)からはクエンティン・タランティーノ監督最新作『ヘイトフル・エイト』の【極上爆音上映】が始まります。
シネコンの“企画”の仕事とはなにか、そもそもシネコンにはどんな仕事があるのか、シネコンを面白くするにはどうしたらいいのか、このコラムでは僕がやってきたことや考えていることを新作映画の紹介を絡めて月に一度書いていこうと思っています。
2015年は世界最大の映像ストリーミング配信会社NETFLIXが、huluに続いていよいよ日本でサービスを開始し、続いてAmazonもプライム会員向けサービスに映像配信を追加するなど、本格的に映画のネット配信が開始した年になりました。映画を観る手段が増えたことで、映画会社にとっては販売窓口が増えるメリットがありますが、頭を抱えるのは映画館です。このことで今までより映画館にお客さんが増える、というのはなかなか考えにくい。
4DXにMX4D、D-BOXなど座席が動いたりするアトラクション系の劇場や、IMAXやTCX等の大画面劇場、あるいはドルビーアトモスやULTIRA等の立体音響劇場など、特別なスタイルの劇場が続々と増えているのはもちろん無関係ではありません。映画館は“映画を映画館で観る意味”をもっと創りだしていかないと、これまでの“映画を再生する場”というだけでは厳しくなっていくのは明白だからです。わずか月額1,000円足らずで自宅でも外出先でも映画が見放題、という圧倒的な安さと便利さに対し、果たしてどうやったら対抗していけるのか? いまや映画館のライバルは近くの他の映画館ではなくて、スマホやタブレットなのです。
では僕が働いている立川シネマシティでは、そのために何をしているのかをお話ししましょう。
シネマシティは1994年にオープンしたのですが、その時から「何かひとつは他に負けないものを」と、音響にこだわって作られました。都内では今のようなスタイルのシネマコンプレックスとしては初めてオープンした劇場で、ジョージ・ルーカスが作った劇場音響規格“THXシアター”を有していました。
しかし音響というのは目に見えないものですから、なかなか売りにするのは難しいものです。こだわりの劇場でしたから、オープン当時から濃いめの映画マニアの方、映画制作者や音響関係の専門家の方などにはよく知られた劇場でした。ところがたいていのお客様はシネマシティで映画を観ても、他の劇場でわざわざ同じ映画をまた観て聴き比べたりするわけではありませんから、良い音を味わっても「この映画の音はこういうものだ」と思うだけです。
「音響ではお客さんは呼べない」というのがしばらくの会社の雰囲気でした。2004年、すぐ近くにシネマ・ツーという別館をオープンさせ、またもどうかしているのではないかというほど音響設備に投資をし、斬新すぎる音響の劇場を創ったにも関わらず、大して話題にもならなかったからです(笑)。
それが大きく変わったのは、2009年の秋のことでした。『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』の上映が発表されたのです。子どもの頃からずっとマイケルの熱心なファンだった僕は、人生においてこんな機会はそう何度も回ってくることのないものだという予感に震え、「今度は僕がマイケルのために何ができるか」をずっと考え続けました。
そしてたどり着いた答えは「世界最高のクオリティでファンにこの映画を、マイケルの音楽を、届けること」でした。ただ再生ボタンを押すのではなく、音楽ライブなら当たり前にやること、つまりその作品が持つ音を最適なものに調整し、磨き上げて上映すること。
特にデジタル化されてからは、映画館に専門的な“技術や知識”はあまり必要がなくなりました。ハードディスクで映画が送られてきて、それをサーバに入れたら、パソコンで上映プログラムを組む。そうすればあとは自動再生です。効率化はビジネスの命です。しかし、何もかもそうしなくていい。少なくとも自分の人生にとって重要な作品ならば、見合わなかったとしてもできる限りのことをすべきではないでしょうか。そもそも映画館は何を売っているのか、自分がなぜ映画館スタッフという職業を選んだのか、考えなくてはいけません。