異形の超大作『007 スペクター』が完成させる、最強のジェームズ・ボンド

異形の超大作『007 スペクター』の真の姿

007は「呪い」のナンバー

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 しかし本作において、現代的な社会問題が全く無視されているわけでもない。テロ活動を牽制するという目的から、多国間が情報を共有する国際的な協力体制を組もうとする動きが始まり、今回もまた、ボンドのような「殺しの許可証」を持った個々の古臭いスパイ活動の必要性が揺るがされることになる。しかし、その動きを推進する政府機関の幹部の中に、悪の組織スペクターの一員が混じっていたのだ。ボンドら諜報員達は、内からも外からも監視され狙われることになる。スペクターは、利益や権力を得るために、あらゆる政府機関、企業、犯罪組織のなかに潜む、まさに実体のない「幽霊(="Spectre")」ともいえる存在だ。彼らの活動は、節操なく利益を追求し続ける経済団体や、国の規模をも超える力を持った多国籍企業、また、戦争を起こすことによって肥え太ろうとする、軍産複合体に連なる軍需産業や、悪しき情報産業などを思い起こさせる。民間の企業による政府のコントロールは、企業の力がより強まっている現代社会において、きわめて切実な問題となっているといえるだろう。

 007の必要性は、ボンド自身のなかで内面化されている問題でもある。クレイグ・ボンド・シリーズで何度か描かれるとおり、ボンドは、少年期の両親の不在による孤独な心を、祖国に身を捧げる兵士やスパイになることによって埋めていた。「殺しの許可証」を行使し、行きずりの女と寝る行為が、ボンドの内面の欠落から来ているという解釈なのである。だが、いつでも「死」に取り付かれた彼の心は、満たされるばかりか、余計に孤独を深めていた。政府に雇われているとはいえ、それが「殺し屋」の宿命であり、呪いなのである。レア・セドゥー演じるボンドガールに、ベッドに入ることを拒否されたボンドが、ねずみに話しかけるシーンは印象的だ。スカイフォールで故郷の屋敷を管理していたキンケイドは、「両親が死んだとき、ジェームズは地下の穴から二日出てこなかった。しかし出てきたときには、もう子供じゃなかったよ」と証言している。だが、スパイという鎧を剥ぎ取ったボンドの精神は、いまだに穴倉のなかの孤独な子供であったのかもしれない。

 長かったクレイグ・ボンドの孤独な精神の旅は、本作でついに佳境を迎える。絶大な力を手にしながらも、歴代のボンドとは異なり、ナイーヴな内面を持ったジェームズ・ボンドが、自分の心にどうケリをつけるのか。そしてどのような選択で結末を迎えるのか。その行方は、劇場に出向いて見届ける価値があるだろう。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『007 スペクター』
12/4(金)より、TOHO シネマズ日劇ほかにて全国ロードショー
11/27(金)、28(土)、29(日)先行公開
監督:サム・メンデス
主題歌:サム・スミス「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」
出演:ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、レア・セドゥ、モニカ・ベルッチ、イェスパー・クリステンセン、アンドリュー・スコット、デイヴ・バウティスタ
SPECTRE (c)2015 Danjaq, MGM, CPII. SPECTRE, 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks, TM Danjaq. All Rights Reserved.
facebook:http://www.facebook.com/JamesBond007JP
twitter:https://twitter.com/007movie_JP

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