『黄金のアデーレ 名画の帰還』が伝える歴史の真実、そして戦争責任を巡るメッセージ

『黄金のアデーレ』が語る戦争責任とは

加害者が過去の罪と向き合う勇気

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 本作では、「国を愛する」ということばが何度か登場し、過去の戦争犯罪について、ふたつの考え方を示している。ひとつは、国が犯した過去の汚点を素直に認め、謝罪し続けることで信頼を得て、自国の誇りを回復しようとする考え方である。そしてもうひとつは、汚点を隠蔽し、または被害者の声を否定し、彼らの評判を落としてまで自国の正当性を主張することで、国家の誇りを維持しようとする考え方だ。マリアは、オーストリアそのものと闘うのではなく、オーストリアの、そのような政府や市民達の価値観と闘うのである。その意味において、祖国に闘いを挑む彼女が、国の足を引っ張っているなどと言うことができるだろうか。

 映画で描かれた、オーストリアの体制側の人間達は、口々に「あの絵画は我が国の宝です」と言い、「シェーンベルクの音楽は国の誇りだ」と言う。しかし彼らは、本当に絵を「観て」、音楽を「聴いて」いるのだろうか。マリアは絵を通して、そこに描かれたアデーレ伯母さんの美しさを思い出し、当時の彼女の心に触れる。ランドル弁護士はウィーンで、祖父シェーンベルクの作曲した音楽会が開かれているのを見つけ、その曲に聴き入る。そして祖父の仕事を誇りに思う。絵画も音楽も、「そのもの」を理解し、感じることで本当の価値が生まれるはずだ。

 オーストリア政府は、かつてナチスと手を結び、絵画の略奪を許し、シェーンベルクを含めるユダヤ人達を弾圧した。そして、世界中からその芸術が評価され賞賛される今になって、「この絵はオーストリアの偉大な芸術」、「オーストリアの偉大な作曲家」などと褒め上げるのである。このように突然手のひらを返す虫の良い姿勢からは、芸術品や芸術家を国家の権威づけのために利用し、資産として活用するということだけで、ひとつの作品、ひとりの人間として見ていないのだろうと感じさせる。マリアが彼らに、「クリムトやアデーレがここにいたら、そんなことは許さないわ」などと言う場面は痛快だ。

 マリア夫妻がアメリカに亡命しようとウィーンを発つ日、彼女の父親は、これが娘との最後の会話になることを知りながら、「この国で努力し、懸命に働いてきた私達を忘れないでおくれ」と語りかける。ここで彼が言う「私達」とは、彼ら一族のことであり、ひいてはオーストリアのユダヤ人全てのことを指している。もちろん、文化人だけではなく、多くのユダヤ人は、懸命に働き、祖国オーストリアを発展させることに貢献してきたのである。その人々のことを、当時のオーストリア政府や、一部の市民達は裏切り、彼らの尊厳を踏みにじって、ホロコーストへ追いやったのである。「私達を忘れないでおくれ」という言葉は、マリアにだけでなく、現在のオーストリアの人々、そして戦争犯罪に関わったあらゆる国の人々への痛烈なメッセージとなっている。

 マリアがアデーレ伯母さんに憧れ、陰からこっそりと眺めていた小さな頃、アデーレは、「もっと強くならなきゃだめよ」とマリアを励ましていた。人生も終わりに差し掛かるとき、マリアは、家族を置いてきたオーストリアと初めて向き合い、最後まで堂々と闘い抜いた。どのような判決が下るかは、本編を観て欲しいが、結果はどうあれ、闘いのなかで誰よりも強い心を手に入れたマリアが、自信を持って「黄金のアデーレ」と正面から向き合ったシーンが感動的である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

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■公開情報
『黄金のアデーレ 名画の帰還』
公開中
監督:サイモン・カーティス
脚本:アレクシ・ケイ・キャンベル
出演:ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュールほか
配給:ギャガ
(C)THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION /
ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015
公式サイト:http://golden.gaga.ne.jp/

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