菊地成孔が『ロマンス』に見た、エンタメと作家性の狭間ーー意外なエンディングが示すものとは?

菊地成孔が『ロマンス』の作家性を分析

という訳で、今回は大島優子さん主演の「ロマンス」です。

 実は、邦画は中国映画より観ないレベルで、ワタシの日本映画に対するリテラシーは邦画関係者の前で大きな声では言えませんが、ひっじょうに低いです。また、同様にアイドルカルチャーへのリテラシーもかなり低く、主演の大島優子さんはもちろん存じ上げていますが(この国に住んでいて、旺盛にテレビを観、コンビニで買い物をする限り、彼女達の情報は嫌でもーーぜんぜん嫌ではありませんがーー入って来ます。それがパという事ですよね)彼女がほとんど二人芝居のようなこの映画に大変な気合いで臨んでいるのか、あるいはAKB48在籍中にこなしていた(であろう)テレビドラマやコントやCMに於けるお芝居と同じようなスタンスで臨んでいるのか、つまり、大島さんのモティヴェイシャン(motivation)やカンディシャン(conditionあーメンドくせえ・笑)がどういう感じなのか知らないまま鑑賞させて頂きました。

 この映画の監督と脚本は、『百万円と苦虫女』(2008年)のタナダユキさんです。同作は観たのですが、一時期ブームになり、何故か現在は沈滞しているように見える、<日本の女性監督が撮るちょっと奇妙な映画>は、個人的に観終わった後がどうにもこうにもスカッとした気持ちにならないので、特に悪感情もないとはいえ、基本的に敬遠していたのですが、結論から言うと、今回の映画は『百万円と苦虫女』よりずっと娯楽作品で、いわゆる前衛的な側面、作家主義的なメッセージは少なく、「マンガ原作のテレビドラマの映画化」と言っても通じるかのようです。

 とはいえ単純なハリウッドエンディング的なハッピーエンドに終わらず、最後は女性監督ならではの作家性をさっと見せられて終わる。ざっとまとめてしまうとそういう作品でした。

 大島さんの演技はというと、ドラマ『ヤメゴク』のアクションシーン(これも、テレビをつけっぱなしで仕事をしていたら偶然見て、「この鬼太郎みたいな髪型のアクション女優さん誰よ?ええ?大島優子なの、すげー!!」と思ったのです)でもそうだったように、小柄な身体にがっちり体幹が鍛えられている基礎体力の素晴らしさを感じました。

 ただ、それを見せるのはワンシーンだけです。万引き犯と思しき男(主人公)が全力疾走で逃げる、それをスカートが破けながらも物凄い勢いで追いかけて、結局捕まえる、という長いシーンは、ワンシーンだけとはいえ、大島さん以外の女優さんではなかなかできないんじゃないかと思いました。そのつかみのシーンが本当に素晴らしくて、映画に引き込まれていったし、これからどうなるんだ、という期待が最後まで持続して、気持よく鑑賞することに誘導されたと言えるでしょう。バスターキートンがどうのこうのと老人みたいな事は言いませんが、体が動いてこその役者だな、と。

 とはいえ、全力疾走の感動はここだけで鞘に納め、大島さんは「演技派」というに相応しい、実質上の2人芝居に徹して行きます。

 けれど、映画用の演技力とテレビのバラエティやドラマ用の演技力があるとすれば、ワタシが見たところ、大島さんは「映画用」へのシンクロ75%というところ。お相手――乗客として同じロマンスカーに乗り合わせ、ひょんなことから大島さんと一夜の旅に出る桜庭を演じた大倉孝二さんーーの演技が「映画用」としてとても素晴らしかったことで、相対的に目立ってしまった側面もあると思うのですが、それでもまだテレビドラマやコントのニュアンスが折に触れて出てしまいます。

 例えば、大島さんに対して前田敦子さんは、すでに映画の演技をしているように思います。『イニシエーションラブ』(5月23日公開/堤幸彦監督)でも、“AKB48のあっちゃんが映画に“という感じではなく、映画用100%インストールされている、もしくはもともとそうだったのかも知れませんが(これもTVでトレーラーと舞台挨拶を拝見しただけですが)。

 対して大島さんは子役時代から(この知識もTVで以下同文)ずっとテレビ用の演技をされていたでしょうから、致し方ないのでしょうけれども、少々残念だったところを挙げると、劇中<鉢子の家族が一番幸せだった頃の箱根旅行が何度もフラッシュバックして、瞬時にものすごく辛い気持ちになる>のですが、そこでの哀しみの演技が機械的な印象を受けてしまい、グッとくることができなかった。本来なら、そういう演技は女優としての見せどころ。<口が悪く、何もかもあんまり上手く行っていない、特に可愛い訳でもない(という設定)OL>であることを表現する演技にリアリティがあっただけに残念でした。「不機嫌そうであること」は、大島さんのボキャブラリーとしてすっかりコントロール可能に思えます。

 それと、本作にはサービスショット、「仕方なく入ったラブホテルで一人風呂に入り、泣く」シーンがあります。もっとも、今時はかなり売れている女優さんでもお風呂のシーンくらいは撮りますが、アイドルさん達は水着や下着で踊っている映像も山ほど見せられるので、専業の女優さんが、ちょっと肩や背中を出しただけでサーヴィスになるのに対して、アイドル上がりの方はサーヴィス潰しというか、肌だしインフレみたいな事になってしまうのだな。と思いました。とはいえシーンとしてはやはり印象的で、大島さんがお風呂で落ち着く事で、逆に複合的な悲しさが押し寄せてしまい、泣きだす姿は新鮮に感じました。他にも複数パターンある<泣く芝居>もどれもとてもお上手でした。「泣かずに哀しみを表現」は単に、スキルとして難しいのでしょう。

 「キャンディーズ以降」などというと、歳がバレますが( 52ですが)、アイドルは持ち歌を歌ってニコニコしていればそれで良い。という仕事ではなくなりました。SMAPのようなスターでもコントができなくちゃいけないし、お芝居も達者でなければいけないというミッションが課せられるから、AKB48グループのみなさん等は、おそらくどなたも達者にこなされると思うんですが、「映画女優へ転身への壁」は確実に実存します。

 ただ、宮沢りえさんがあれだけの演技力を持った大女優になるなんて誰も思っていなかったように、大島さんもその途上にあるのかもしれません。舞台を経験し、蜷川幸雄シャクティパット(←古い上に悪い例えになってしまいましたが、本来シャクティパットは悪い言葉ではありません)を受ければ鉄板でしょう。とはいえ、100%適応を是とするか、演技のアンサンブルが多少壊れても、70%ぐらいでいるアンバランスと稚拙さを愛でるか、古くは山口百恵さんの時代から(余りに古すぎるので止めます)。

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