本格ミステリの名手は『名探偵コナン』をどう小説化した? 千街晶之の『小説 名探偵コナン 名探偵の記録者』評

1990年代以降生まれの若手ミステリ作家にインタビューすると、初めて触れたミステリは青山剛昌の漫画『名探偵コナン』、またはそのアニメ版だったという人がかなり多い。謎解きをメインとする本格ミステリというジャンルがポピュラーなものとなる上で、『名探偵コナン』の存在がいかに大きかったかはここからも窺える。
連載開始は1994年なので、今年で既に32年目。既刊は2026年10月時点で109巻。1997年から公開された劇場版アニメは、コロナ禍の2020年を除いて毎年新作が上映され、東宝のドル箱となっている。もはや国民的漫画と言っていい。
さて、『名探偵コナン』にはノヴェライズもいろいろあるが、オリジナル・エピソードを描いた小説の存在は意外と知られていない。過去には、谷豊による『小説 名探偵コナン 甲州埋蔵金伝説』と『小説 名探偵コナン 殺人交響曲(シンフォニー)』、平良隆久による『小説 名探偵コナン 江神原の魔女(ウィッチ)』があったが、いずれも2000年代の作品である。そこに久しぶりに加わったのが、大倉崇裕による『小説 名探偵コナン 名探偵の記録者(レコーダー)』なのである。
大倉崇裕は、2001年に『三人目の幽霊』でデビューして以降、倒叙ミステリの傑作「福家警部補」シリーズなど、数多くのミステリを発表している。しばしばアニメなどの脚本も執筆しており、『名探偵コナン』の場合、劇場版では2017年の『名探偵コナン から紅の恋歌(ラブレター)』から現時点で5本の脚本を担当、TVアニメ版にもオリジナル・エピソードで参加している。
コナンを知り尽くした男、大倉崇裕。彼が執筆したオリジナル小説なのだから、小説 名探偵コナン 名探偵の記録者』が面白くないわけがないのだが、さて、内容はどのようなものだろうか。
帝丹中学2年生で新聞部員の御手洗秀佳は、帝丹高校に通う「高校生探偵」工藤新一の密着取材の企画を立てたが、新一には会えなかった。しかし、新一の幼馴染み・毛利蘭から、他に面白い取材対象があると言われ、帝丹小学校の「少年探偵団」を紹介される。その1人・江戸川コナンは、初対面でいきなり秀佳に関する情報を見事に推理してみせた。驚嘆した秀佳は、コナンに密着すれば面白い記事が書けそうだと考える。
その後、秀佳はコナンたち少年探偵団の面々と一緒に米花美術館へと出かける。そこでは「アート・オブ・ゴメラ 大怪獣ゴメラ展」が開催中だった。ゴメラというのは『名探偵コナン』の世界で特撮映画に登場している人気怪獣で、米花美術館は原作の「美術館オーナー殺人事件」の舞台である。その美術館で、1万人目の入場者が爆殺されるという事件が起きた。
そう、いきなりの爆殺である。この小説については、なんとなくの先入観として、劇場版コナンほど派手な事件は起こらないのではと予想していたのだが、そんなことはなかった。しかも、少年探偵団の面々が(軽傷とはいえ)負傷しているし、御手洗秀佳に至っては、危うく1万人目の入場者として爆殺される可能性があった。
この後、犯人らしき人物の名前が浮上する。その人物が複数の爆弾を所持したまま行方不明になっていること、ある企業の関係者たちが命を狙われているらしいことが判明し、秀佳は事件解決に奔走するコナンと行動をともにする。
そう、複数の爆弾である。当然の如く、爆弾事件が次々と起こる。事件のスケールの大きさでいうと、劇場版コナンとほぼ差はない。
では、劇場版コナンとの最大の違いはどこにあるのか。それは、視点人物である御手洗秀佳の存在だ。
秀佳は「ボク」という一人称の語り手として登場する。ということはつまり、作中の出来事はすべて秀佳の見たものとして描かれるということだ。秀佳は、読者が共有している工藤新一=江戸川コナンという前提は知らないし、「眠りの小五郎」のからくりも知らない。そしてコナンと行動をともにするうち、彼が事件に遭遇しても案外落ち着いていることに違和感を覚えるし、彼が蝶ネクタイ型の変声機を用いて小五郎の声で喋ったり、いきなりサッカーボールが出てきたりすることに茫然としている。
劇場版コナンの場合、工藤新一が江戸川コナンになった経緯や、「眠りの小五郎」のからくりなどはオープニングで説明されるので、観客がそこに戸惑うことはない。しかし本書には、その前提を共有しない語り手が登場するため、江戸川コナンという破格の小学生を初めて知った人間の困惑や驚きが読者に伝わってくる。そのことによって読者は、「指摘されるまで意識してなかったけど、そういえばコナンってとんでもないキャラクター設定だった」と改めて思い知らされるわけである。
本書の他の特色として、物語の流れに必要なレギュラー(毛利小五郎や目暮警部ら)の出番は多いものの、毛利蘭や阿笠博士らは顔見せ程度に抑えられている点が挙げられる(阿笠博士のクイズに対する江戸川コナンや灰原哀の冷淡な態度には笑った)。江戸川コナンと御手洗秀佳のバディものであることを強調するためと思われるが、劇場版の脚本だと縛りが多い筈なので、そのあたりは小説版は著者の匙加減で自由に書けるという違いがありそうだ。本格ミステリの名手である大倉が書いているだけあって、作中のトリックもなかなかユニークで、『名探偵コナン』にあまり興味がないミステリファンでも楽しめるだろう。
余談だが、御手洗秀佳という語り手の名前にも触れておく。「御手洗」は、島田荘司の小説に登場する名探偵・御手洗潔が由来だろうか。「秀佳」は正しい読みは「ひでか」だが、少年探偵団たちの「ひでかって、ちょっと言いにくいな」(中略)「音読みっぽくしゅうけいっていうのはどうです?」「お、それいいな。じゃ、これからシュウケイって呼ぶことにしようぜ」というやりとりで呼び方を勝手に決められてしまう。これは明らかに、大倉崇裕がこよなく愛するドラマ『特捜最前線』(1977〜1987年)で最も多くのエピソードを執筆した脚本家・長坂秀佳(本名は「ひでか」だがペンネームとしては「しゅうけい」)を意識したネーミングだ。長坂は「バクダンの長坂」と言われるほど『特捜最前線』に爆弾をよく登場させており、その意味では、爆弾事件が続発する本書そのものが長坂秀佳へのオマージュなのかも知れない。

























