【連載】豊﨑由美 × 佐々木敦『海外文学(ガイブン)レスキュー隊!』#02〈後編〉 『現代の夢解きの本』

 書評家・豊﨑由美(通称トヨザキ社長)と批評家・佐々木敦が、海外文学(通称=ガイブン)をテーマにしたトークイベント『海外文学(ガイブン)レスキュー隊!』。7月18日に開催された第2回の後編では、豊﨑由美のイチ推し作品であるポーランド作家のタデウシュ・コンヴィツキ『現代の夢解きの本』(ルリユール叢書)とアイルランド作家のポール・リンチ『預言者の歌』 (ハヤカワ・プラス)、佐々木敦のイチ推し作品であるアメリカ作家のサマンサ・ハント『ダーク・ダーク』(エクス・リブリス)を紹介。

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#01〈前編〉パーシヴァル・エヴェレット問題とは?
#01〈後編〉ブレット・イーストン・エリスの新刊を読む

#02〈前編〉ダメ人間小説としての『サタンタンゴ』

謎は謎のまま、多様な読みをもたらす──

『海外文学(ガイブン)レスキュー隊!』配信の模様。左、佐々木敦。右、豊崎由美

豊崎:今回の私のイチ推しはタデウシュ・コンヴィツキというポーランドの作家の『現代の夢解きの本』です。幻戯書房「ルリユール叢書」から今年5月に発売されました。実は私、ルリユール叢書について以前は思い違いをしていて、版権が切れてただで出せる作品を集めただけのシリーズなのかなと思っていたんです。

佐々木:蓋を開けてみたら、前代未聞のとんでもないシリーズだった。なぜこんなにコンスタントに刊行可能なのかわからない(笑)。

豊崎:ガイブンの最先端といってもいい。海外文学のシリーズものの中で、今、最も尖っているのが幻戯書房の「ルリユール叢書」じゃないかとすら思っています。しかも、このシリーズ、選書から翻訳を依頼して刊行に至るまで、ほぼ一人の編集者がやっているんですよ。それでめちゃめちゃ冊数出してますから、すごくないですか?

佐々木:毎月一冊くらいは確実に出てますよね。

豊崎:巻末には作家の年表が付いているんですけど、これも普通じゃありません。作家が生まれた年から始まって、その年に世界で何が起きたか、他にどんな作品が書かれたかまで載っているんです。

 そんなルリユール叢書から今年5月に出たのが『現代の夢解きの本』です。主人公は、睡眠薬のオーバードーズによる自殺未遂から目覚めた〈私〉ことパヴェウ。彼に部屋を貸しているイルデフォンスとマルヴィナの老兄妹、左手が義手のパルチザン、障害のある少年ロムシ、線路保守監督のデンビツキ、みんなから伯爵と呼ばれるパツ、恐妻家のグウフコ巡査部長、〈私〉同様に老兄妹から部屋を借りている日焼けした美女レギナといった面々が、目覚めたばかりで気分最悪の〈私〉の周囲でガヤガヤ雑談に興じているシークエンスから、物語は滑り出します。

 この人たちも『サタンタンゴ』の居酒屋の連中とよく似ていて、酒があるところへ集まってくる。ウォッカとキュウリのピクルスで宴会を開いて、交わされる会話はどうでもいいことばかりです。だからつい目が滑りそうになるんだけど、実は重要な伏線が忍び込んだりしてますから読み飛ばしてはダメです。イライラしないでゆっくり読みましょう。

 時代背景はおそらく1950年代です。世界のいたるところで地震や洪水、これまで見たことのないような大災害が起こっていて、世界の終わりの噂がささやかれています。

 舞台はポーランドの渓谷に佇む小さな村です。ソワ川が流れ、パルチザンの英雄フニャディが今も潜伏しているのではないかと噂される森が広がり、いずれはダム湖の底に沈む運命にあるらしい。

〈私〉は最近この村へやってきたばかりで、線路の敷設作業を仕事にしています。どうやらダム建設のための資材を運ぶ線路みたいなんですけど、〈私〉がなぜこの村へ来たのか、その目的はほのめかされる程度でよくわかりません。

 重要人物となるのが、赤いナナカマドが目印の屋敷に住むユゼフ・ツァルという人です。牧師や神父ではないんですけど、村人たちは〈希望こそが私の宗教〉と語る彼の説法に魅了されている。ちょっとした新興宗教みたいなものですね。背が高く、顔は浅黒く、暗い目をした男です。

 初めて会った人のはずなのに、〈私〉はユゼフについて〈その顔は何年ものあいだ私の記憶にあった。窓の外で風雨が荒れ狂い、悪夢に悩まされる晩は、その顔が夜ごと私の夢に現れたのだった〉と思う。その理由もなかなか説明されないので、読んでいて少しもどかしいかもしれません。

 でも大丈夫。少し進むと、〈僕〉による一人称の話と〈きみ〉に語りかけられる話が、〈私〉の一人称による現在進行形の物語を補填するように用意されているのがわかります。最初のうちは、なんで急に〈僕〉や〈きみ〉に変わるのか頭をひねるけど、両方とも過去の〈私〉なんですね。

〈きみ〉はギムナジウムの試験を受けた少年の頃の〈私〉で、受験のために訪れた学校で一人の教師と出会うんですけど、その教師の容姿がユゼフと似てるんです。で、〈僕〉は後年、反共パルチザンの一員として戦っていた頃の〈私〉で、ある男の処刑を命じられるんですが、その男がまたユゼフを思わせる容姿をしている。彼らは同一人物なのか、答えは出してもらえません。同じ人なのかと思うと、決定的に違うところも出てくるんです。

佐々木:ここは本当にわからないですよね。

豊崎:つまり、村で起きていることを描く現在、〈きみ〉で語られるかなり昔の物語、〈僕〉が語り手になるパルチザン時代と三層の時間が流れている小説なんですけど、そのどれもが、同一のイメージをまとった宿命の男から逃れられない〈私〉の悪夢にすぎないのではないか、という疑いも拭いきれない。タイトルが『現代の夢解きの本』ですからね。謎は謎のまま、不可解な齟齬もいっぱいあるまま読者へ手渡されているので、多様な読みが生まれるんです。

 私はさらに深読みして、この浅黒い男ユゼフと〈私〉は、キリストとユダの関係なんじゃないかとも思いました。もちろん私の読みが正解だとは思ってなくて、10人が読めば10のちょっとずつ違う読みが生まれる作品だと思います。

 だから厳密に考えず、わかりにくさにイライラしないで、わからなくてもいいやくらいの気持ちでのんびり読み進めるといいと思います。そこは『サタンタンゴ』と同じですね。クスッと笑えるところがいっぱいあるところも似ています。

佐々木:東欧の作家が作り出す笑いは、やはりちょっとブラックだなと思いました。今回も豊崎さんとは一切相談せずにイチ推しを選んだんですけど、不思議と近い作品になりましたね。片やハンガリーのラースローで片やポーランドのコンヴィツキ。どちらもかつて旧ソ連圏の影響下にあった東欧の国で、東欧らしい想像力で書かれた作品だなと思いました。

 途中から〈僕〉と〈きみ〉という人称を使った謎の章が挟まってきて、これらは過去の話なんだろうなと思うんだけど、結局、全貌はわからない。小話のようなエピソードがいくつも差し挟まれているので、謎解きよりもむしろ、登場人物の奇妙さや会話のゆるさ、一つ一つの挿話を楽しんでいるうちに読み終わる。そして、最後に全ては夢だったんじゃないかということが、かなり強く匂わされるんです。〈私は突然、自分は目覚めるのだと思った〉という最後の一文がすごく効いている。ああ、こう終わるんだというカタルシスがありました。

 巻末の解説を読むと、この作品はコンヴィツキの半自伝的要素がかなり入っているそうです。ポーランドで政治的な活動にも関わっていて、没年が2015年だからけっこう最近まで生きていた人なんですね。それから彼は映画監督でもある。

豊崎:コンヴィツキの原作をもとにアンジェイ・ワイダが『愛の記録』を撮り、制作と脚色にコンヴィツキも名を連ねています。ポーランドでは映画人としても有名なんでしょうね。

佐々木:僕がこの本を読んでいて唯一、付箋を貼った挿話に、ロンカとセヴシという兄弟の物語があります。二人ともアコーディオンの演奏家なんですが、ロンカが弾くとみんな感動して、セヴシは難解な曲ばかり弾くので「何だこれは」という反応になる。ところが何年か後に世界的な音楽家になったのはセブシなんです。本筋とはまったく関係ないんですけど、こういう含蓄があって、ちょっと考えさせられる挿話がこの小説にはたくさん入っている。

豊崎:ロンカとセヴシは私も好きな挿話で、言ってみれば、ロンカはポピュラー音楽の奏で手で、セブシは前衛音楽家。この挿話は老兄妹のかたわれマルヴィナが以前暮らしていた東のほうの町で起きた話として語っているんですけど、彼女は今でもロンカのほうがいいと思っていて、「セヴシなんてロンカの猿真似だ」「セヴシは同じ音を繰り返すことすらできないんだから」なんて言うんです。これ、深いですよね。実際、誰が読んでも楽しくて共感できて、温かい気持ちになれる小説のほうが、難解な小説よりずっと売れるじゃないですか。

佐々木:大衆的なものに迎合しているわけでもなく、芸術性に軍配を上げているわけでもない、という書き方がいい。その両方への批判とも読めて、考えさせられました。

豊崎:セヴシはただ好き勝手に音を鳴らしているだけなのに、演奏が終われば会場からは万雷の拍手。それを見たおばあさんは、〈私たち、互いに顔を見合わせて、何が何だかわからなかった〉と言うんです。「よく分からないけど、きっと最先端だから褒めておいたほうがいい」という観客の思惑を、作者はマルヴィナの素直な感想を通して笑っている。「これを面白いと言っとかないと、サブカルクソ野郎(羞恥と愛着をこめた自称)としてダメなんじゃないか」みたいなことは私も若い頃によくあって……(笑)。

佐々木:作者自身、我が身にも批判の目を向けている感がありますよね。

豊崎:そう。ちょっと自虐的なんです。自分は明らかにセヴシ側の人間であることを、作者は自覚していますから。

佐々木:ルリユール叢書って、毎月いろいろ出るじゃないですか。聞いたことのある作品もあれば、まったく知らない作家もあり、時代もばらばら。その中で『現代の夢解きの本』という強面なタイトルの小説を読んでみようと思ったきっかけは何だったんですか?

豊崎:やっぱりタイトルですね。『現代の夢解きの本』って何だろうって。コンヴィツキという名前もいいなと思って、なんだかこの本に呼ばれている気がしました。こんなふうに、知らない作家でどこの国の文学かもわからないまま読んでみたら、存外面白かったということがわたしにはよくあります。

佐々木:それがガイブンの魅力ですよね。世界には日本以外の国がたくさんあって、そこで書かれた小説が翻訳されて本屋に並び、読者は何も知らなくても、興味のままに手に取ることができる。特に東欧文学なんて、原語で読める人は本当に少ないわけですから。

豊崎:出版社にも翻訳家の方にも感謝しかありません。

豊崎由美のもう1冊──アイルランドを舞台にしたディストピア小説、『預言者の歌』

ポール・リンチ『預言者の歌』(ハヤカワ・プラス)

佐々木:まだ少し話せるので豊崎さん、もう1冊お願いします。

豊崎:私のもう1冊はアイルランドの作家、ポール・リンチの『預言者の歌』です。早川書房の新シリーズ「HAYAKAWA Books & Magazines」の第一回配本ですね。これ、すごく怖い小説です。

 主人公は研究者として働きながら、もうすぐ17歳になる長男マークを筆頭に4人の子どもを育てているエイリッシュという女性。ある雨の夜、2年前に政権を握った極右政党ナショナル・アライアンス党が組織した国家警察局から、教員組合の副委員長をしている夫ラリーの話を聞きたいと2人の男がやってくる。そこから不穏な物語が始まります。

 デモの首謀者としてラリーが拘束されるのを皮切りに、エイリッシュに災いの数々が降りかかります。まだ17歳になっていないマークに軍の召集令状が届く。いざというとき海外に逃げるために赤ちゃんのパスポートを取りにいくと、夫が組合の幹部だからか申請もできない。スーパーの棚は欠品だらけで、近所の店からも物を売ってもらえなくなる。国賊扱いを受けて、狼藉者たちに自家用車を壊される。その背景では、政府軍と反乱軍の戦いがだんだん激化していきます。

 この小説が怖いのは、頼れる夫がいなくなり、ワンオペで子供たちを守る中年女性が視点人物だからです。カナダに住む妹から再三、国外脱出を勧められるんですけど、エイリッシュは決断できない。なぜかというと長男のマークが反乱軍に加わって行方知れずになり、夫のラリーもどこに拘留させられているかわからず、近所に住んでいるお父さんは認知症を患いかけているからです。

 そして何より、やっぱり意地があるんですよね。自分が生まれ育った土地からどうして出ていかなきゃいけないの? どうして追い出されなきゃいけないの? という。それで結局、エイリッシュは逃げる時期を逃してしまうんです。

 妹が言う言葉が印象的です。〈歴史っていうのはいつ逃げ出せばいいかわからなかった人達が残した沈黙の記録だよ〉。歴史は勝者が残すとよく言うけれど、そうじゃない歴史もある。この言葉は本当に深いです。日本に住んでいる身として決して他人事ではない怖さを味わえるので、暑い夜に読んでゾッとしてください。

佐々木:この早川書房の新シリーズを本屋で最初に見たとき、プルーフ(簡易製本による非売品の見本)かと思いました(笑)。でも、これが正式な装丁なんですよね。まもなく三冊目が出ますが、カバーは全て同じデザイン。装丁をシンプルにすることで、他のことをいろいろ可能にしているんだと思います。早川書房は昔から海外文学を単発で出していましたけど、こうしてシリーズ化に乗り出してくれたというのは、海外文学受難の今、希望があります。僕は『預言者の歌』は未読ですが、このシリーズには期待しています。

佐々木敦のもう1冊──奇妙な味わいの短編集、サマンサ・ハント『ダーク・ダーク』

サマンサ・ハント『ダーク・ダーク』(エクス・リブリス)

佐々木:僕もシリーズものです。白水社の「エクス・リブリス」、海外文学の優れた作品をどんどん紹介しているシリーズですね。そこから7月に出たばかりのアメリカの女性作家、サマンサ・ハントの『ダーク・ダーク』という短編集です。たぶん、この本で日本初紹介となるんじゃないかな。

 『ダーク・ダーク』というのは短編集全体を表したタイトルで、同名の短編は入っていません。全10編で奇妙な味の作品が多い。最初に「ストーリー・オブ」、最後に「ストーリー・オブ・オブ」という作品が置かれていて、どちらもノーマという女性が主人公です。彼女は妊娠したいと思っているのに、なかなか妊娠できない。すると、自分によく似たダーティ・ノーマという、何度も妊娠している女性が現れて……という話で、ほぼ同じ設定を使った2作が冒頭と最後をつなぎ、その間に8編が挟まれているという構成です。

 短編集の中心となるのはおそらく、「総員(The Seas Are...?/All Hands)」という短編です。高校で13人の少女がほぼ同時に妊娠する話と沿岸警備隊員の男性の話が交互に語られるという作品で、僕は少し詩的すぎるかなと思いました。むしろ面白かったのは、基本リアリズムの語りの中で変なことが起こる他の作品でした。

 たとえば「黄色」という短編。42歳で実家暮らしをしているロイという男が、ある夜、車で犬をはねてしまう。どうしたらいいかわからなくなって、その犬を抱えて傍らにあった家を訪ねると、出てきた女性が「それ、うちの犬です」と言う。ロイが「すみません、殺しちゃいました」と謝っているうちに、二人はいきなりセックスを始めるんです。本当に何の理由もなく。するとなぜか、死んだはずの犬が甦る。奇妙な話でありながら淡々と語られているところが面白い。

 もう一つ、「家が傾きはじめた」という短編は、主人公の女性がハリケーンに備えて家を守るベニヤ板を買いに行く話です。板を買ったはいいが車に積めなくて困っていると、隣に住む男が現れて、また急にそういう展開(セックス)になる。そのうちにハリケーンがやって来て、家がどんどん崩壊していくんです。つまり、冒頭から予感されていたカタストロフがついに起こるんですけど、それで結局どうなったかまでは描かれずに終わっていく。こういう余韻で勝負みたいな話が多いのもこの短編集の特徴です。

 サマンサ・ハントは本来、長編作家らしいんです。まだ翻訳されていませんが、1作目の「The Seas」は自分は人魚かもしれないと信じる少女の物語。2作目の「The Invention of Everything Else」は発明家ニコラ・テスラの晩年を描いた小説と、変わった話を書いている。今回の短編集は長いスパンで書かれた作品を集めたものですが、通して読むとモチーフがつながっていて、単なる作品集ではなく、この作家の問題意識やテーマがよく分かる。日本の読者への名刺代わりの1冊として、いい本だと思いました。

 「エクス・リブリス」のようなシリーズがあるからこそ紹介される新しい作家というのがいて、ロベルト・ボラーニョなんかも最初はそうでした。こういう海外文学のシリーズは本当に重要で、これからも続いてほしいと思います。

豊崎:以前は白水社と国書刊行会が双璧でしたが、そこに各社のいろいろなシリーズが入ってきたのはいいことですよね。

佐々木:ということで、ちょうど時間となりました。今回は偶然、東欧文学特集みたいになりましたけど、そもそも東欧文学の翻訳書自体がそんなにたくさん出るわけではない。そういう意味でも面白い回になったと思います。『ガイブンレスキュー隊!』はまた9月にやる予定です。今日はありがとうございました。

豊崎:配信で見てくださったみなさんもありがとうございました。面白かったと思ったら、#ガイブンレスキュー隊 で、感想をポストしていただけるとうれしいです。

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