日本のサッカーは“メディアの情報戦”でブラジルに敗れたーー切り札として投入すべき選手は誰だったのか?

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 第42回は、W杯で惜しくも敗退したブラジル戦について。

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ワールドカップ決勝トーナメント、ほかに切り札はなかったのか

 ワールドカップ決勝トーナメント、相手はブラジル。ロスタイム残り1分で逆転ゴールを決められた日本は、どうしても1点を取り返さなければならなかった。残された交代枠は1つ。そのとき、ベンチにはどれだけのカードがあったのか。

 実際に選ばれたのは小川航基。初戦で結果を出したFWであり、この交代に納得した人は多かったはずだ。日本人1億人が納得した交代、と言っても大げさではないかもしれない。ただ同時に、何も起こらないのではないか、という予感も共有されていたのではないか。実際、何も起こらないまま試合は終わった。

 では、ほかに切り札はなかったのか。

 もし同じ状況にブラジルが置かれていたら、間違いなくネイマールを投入しただろう。コンディションが万全でなくても、残り1分でネイマールがピッチに立てば、スタジアムの空気は変わる。選手は「ネイマールなら何かやってくれるかもしれない」と奮い立つ。切り札とはそういうものだ。

 日本にも久保建英という選択肢があった。万全の状態ではなかったのかもしれない。それでも、残り1分でピッチに送り込むカードとして、久保は空気を変えうる存在だったはず。

 ただ、もうひとつ別のカードもあった。塩貝健人投入。

 塩貝の「ブラジルはたいしたことがない」という趣旨の発言は、ブラジルメディアで再三取り上げられ、大きな騒動になっていた。試合前、彼を煽りに来たのは、マンチェスター・ユナイテッドで活躍するブラジルの主力、マテウス・クーニャだった。クーニャだけではない。ブラジル代表の選手たちも、スタジアムのブラジルファンも、塩貝の顔と発言を知っていたはずだ。

 残り1分。ピッチの空気を劇的に変える。相手の冷静さを失わせ、試合をもう一度乱す。そういう切り札としては、むしろ塩貝一択だったとも言える。

 極論に読めるかもしれないが、そうではない。サッカーは、90分間の戦術だけでできているわけではない。試合前の発言、相手国メディアの反応、SNSでの拡散、スタジアムのムード、選手の感情、チーム内の人間関係。そのすべてを含めて、サッカーは情報戦の中で行われている。

 ブラジルがもはや過去のサッカー大国なのか、塩貝発言が正しかったのか。それらはここでは問題ではない。少なくとも、メディアの挑発や相手国のムードをコントロールするメディア戦術において、ブラジルは強国だった。ブラジルの報道メディアは、日本国内でレギュラーすら確約されていないサブの若手選手の発言をあえて強調し、「日本を叩け」という国内のムードを作った。

 動揺したのは、日本の国民とサッカーファンだった。国内で目立った反応は、「あの煽り発言はよくなかった」という自省的なもの。サッカー系インフルエンサーからは、「塩貝発言によってブラジルが一体化し、むしろ相手を強くしてしまった」という分析も出た。それはそれで一理あるのかもしれない。ただ、その反応自体が、すでにブラジル側の作った物語に飲み込まれていたのではないか。

 日本の世論の多くは、塩貝の発言を日本にとってのマイナス要因として処理した。擁護の声も単なる異論にとどまった。「若手選手を叩くな」「これくらい言っていい」というのは正論だが、それはむしろ、相手の情報戦を真に受けたうえでの反応でもある。切り返すための手札にはなっていなかった。

 さて、実際のゲームはどうだったのか。

 前半のブラジルは、パスとドリブルを主体にした、お家芸とも言えるサッカーで日本に向かってきた。しかし、日本はそのやり方なら想定内。むしろ守り抜いて、カウンターから先制点すら奪うことができた。前半は1-0。日本のプランは機能していた。

 ブラジルの選手たちが「日本に舐められた」と強く受け止めたからこそ、自分たちの技術でねじ伏せようとした。そう解釈するなら、塩貝の発言は、前半に限っては日本に有利に働いていた可能性がある。

 ところが後半、ブラジルは変わる。自らのスタイルを一度横に置き、長めのクロスボールをディフェンスラインから送り込むサッカーに切り替えた。ブラジルベンチは、チームの中心であるヴィニシウスを大外に置き、プレッシャーから逃がす策を現場に伝えた。日本のDFをサイドに散らし、その上でクロスを入れる。日本の守備に穴を作り、そこを突いた。これをピッチの選手に遂行させたことがブラジルの勝因だ。

 情報戦はブラジルの選手たちには効いていたのかもしれないが、イタリア人監督アンチェロッティには効いてなかったのだ。

 日本は本当は何ができたか。勝つ可能性が少しでもあったとするなら、ブラジルの選手たちをもう一度プライドの側へ引き戻すことだった。それは、もしかしたら塩貝投入によって可能になったかもしれない。

 後半の塩貝投入。それができなかったのは、監督の責任ではない。むしろ森保監督は、敵国の選手から目を付けられている若手を守ろうとしたのだろう。道徳的には正しい判断だったのかもしれない。

 必要だったのは、あの場面で塩貝投入を選ばざるを得ない空気である。メディア報道、スタジアム、SNSの視聴者たちも、ここは塩貝投入だろうというムードがあったら違った。今回のような自省ムードの中では、監督はそんな選択肢をとることも無理だった。ここに日本がまだサッカー小国である一面が見えた。日本のサッカーはメディアの情報戦でブラジルに敗れたのだ。

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