「がんばれないのは心のサイン」真面目な人が陥る努力の罠とは? 心理学者に聞く“しなやかな努力”の秘訣
勉強や仕事の目標達成には「努力」が欠かせない。だが、真面目な人ほど「がんばらなければ価値がない」と自分を追い詰めがちである。その重圧はやがてプレッシャーとしてのしかかり、心を疲弊させる原因となってしまう。
教育心理学を専門に、人間のモチベーションを長年研究してきた筑波大学教授の外山美樹は、著書『「がんばれない」 心で何が起きているか』(ちくまプリマー新書)の中で、「環境や状況が変化する現代において必要なのは、目標達成の方法を柔軟に更新する“しなやかな努力”である」と説く。心理学の視点から紐解く「がんばる」の本質や正しい努力のあり方、そして自分軸で人生を歩む重要性について外山に聞いた。
なぜ「努力」が自分を追い詰めてしまうのか? 「自己成長」に目を向ける重要性
――真面目で努力家な人ほど、自分を追い詰めてしまうのはなぜですか?
外山美樹(以下、外山):真面目で努力家な人ほど、努力することと自分の価値を結びつけやすいのだと思います。
努力というのは本来、成功するための手段ですが、それが「自分には価値がある」と証明するためのものになってしまうと、失敗や停滞が単なる結果ではなく、「自分自身への否定」へとすり替わってしまいます。その結果、現状を打破しようと、「もっとがんばらなきゃ」「まだ足りない」と自分を追い詰めることにつながるのです。
問題なのは努力そのものではなく、「努力しなければ価値がない」と思ってしまうこと自体です。真面目な人ほど、この罠にはまりやすいのだと思います。もちろん、売上や業績は大事な指標だとは思いますが、それだけになってしまうと危険です。
心理学でも、他者との比較や評価を重視する目標のことを「遂行目標」と呼びますが、それよりも自分自身の成長を重視する「習熟目標」に目を向けた方が長期的にみるとモチベーションが途切れず、結果として幸福度も高まることが分かっています。
会社では売上を達成するために、さまざまな数値目標を立てます。ただ、「結果」というのは必ずしも自分自身でコントロールできるわけではありません。
そのため、「今月の数字はどうだったか」という結果だけでなく、「先月より何を学んだか」「どのような新しい挑戦をしたか」「どう改善を積み重ねたか」といったプロセスを見ることが大事になります。
――外山先生の言う「しなやかな努力」とは、具体的にどのようなマインドセットや行動を指すのか教えていただきたいです。
外山:「しなやかな努力」とは、目標を諦めることではなく、目標達成の方法を柔軟に更新できることです。例えば、行き詰まった時には別の方法を試す、必要であれば休む、他者比較ではなく自分自身の成長に注目するといった行動を指します。
会社では、「上司に言われたから目標は変えられない」といった制約もあるかもしれません。当然ながら、自分軸を曲げないことも大事ではありますが、やはり柔軟に変えていくことも大切で、それがしなやかな努力になります。
環境も状況も自分自身も変化するので、今やっている方法がずっと最善だとは限りません。だからこそ、「柳や竹が風に合わせてしなる」ように、自分を折らずに柔軟に前に進んでいくことが大事になるのです。
会社組織の中にいると、どうしても人と比較してしまいがちですが、重要なのは「過去の自分や客観的なものと比べてどうなのか」ということです。とはいえ、周囲の環境に合わせて自分を柔軟に変えていくことは、理想的ですが簡単ではありません。
でも、それも一つのマインドセットだと思います。「自分では変えられない」と思い込んでいる考え方を、少しずつ変えていくことが重要なのではないでしょうか。
すべての努力は無駄にならない。サンクコストに囚われない視点の切り替え
――「もうがんばれない状態は心の正常な反応」と本で触れていますが、先生が最も伝えたかった「がんばれない自分」への向き合い方は何ですか?
外山:まず知っておいてほしいのは、もうがんばれないという状態は「故障」ではなく自分自身からの「サイン」ということです。
例えば、私たちは眠くなりますし、空腹になればお腹が空きます。同じように、心にも限界を知らせる仕組みがあります。「もうがんばれない」と自分の中で思った時が、まさにその限界のサインなんです。
「もうがんばれない」というのは“敗北”を意味するわけではなく、次に進むための休息や準備期間なのです。がんばれない状態で無理に続けると、心だけでなく体も故障してしまうので、そうなる前に自分なりに休むのも重要な選択肢です。
がんばり続ける人ほど、休むことに罪悪感を持ちやすいのですが、“休む”ことは“サボる”ことではありません。むしろ、長期的な目標に向けては必要な時間です。心理学の研究でも、意図的に休むことは長期的なパフォーマンスや回復にとって重要だと示されています。
――努力を続けていると「あきらめきれない」というサンクコスト(埋没費用)が働くと伺いました。そのような未練を断ち切り、新たな一歩を踏み出すために大切なことがあれば教えてください。
外山:人はどうしても、「ここまで努力してきたのに」「こんなに時間をかけてきたのに」と過去に焦点を当てがちです。例えば、会社で新規事業の立ち上げに関わっていたが、諸事情でやむなく撤退が決まったとします。そうなった場合、せっかく積み上げてきたものが無駄になると考えてしまうのも無理はありません。
しかし、その投資を続けたとしてもやめたとしても、過去の分は戻ってこないわけです。なので、まずは「もし今ゼロから始めるなら、本当に時間やお金をかけたいのか」を考えてみることが大切です。
重要なのは、過去の正当化ではなく、未来における資源配分の最適化です。また、費やした努力が全て無駄になるわけではありません。「次に活かせる良い経験になった」というように視点を切り替えることも大事だと思います。
“挫折”を経験しないまま社会に出る若者が増えている
――教育心理学の専門家として、小学生や中学生と接する機会が多いと思いますが、最近は「がんばりすぎてしまう」傾向の子どもは増えていると感じますか?
外山:私は教育心理学者として子どもたちと接していますが、昔ほど追い詰められるほどがんばっている子は多くないような気がします。不登校も増えていますが、それに対しては「辛くなったら無理して学校に来なくてもいいよ」というような対応をしています。
今は多様性の時代でさまざまな選択肢があるため、少しつまずいたからといって、周囲もそれを“失敗”だと見なさなくなっているのではないかと思います。がんばりすぎない子が増えているという現場を考えると、中長期的には「しなやかに努力できる人が増える可能性もある」という見方もできるかもしれません。
ただ、努力すること自体は決して悪いことではなく、目標を達成するためにはすごく重要なことです。なので、柔軟に努力することができる子が増えればいいなと感じますね。本当に、体を壊すまで受験勉強をがんばる子もいれば、全然がんばらない子もいるので、そこをうまく柔軟に努力できるようにならないかなと常日頃思っています。
その一方で、現代はSNSを通じて評価されることがすごく多くなっています。実際に子どもたちを見ていても、InstagramやTikTokの影響からか、昔以上に外見を気にするようになっていますね。それに伴い、昔はなかったような“傷つき方”も増えてきているんだろうなと感じています。
――「退職代行」を使って、会社へ入社後にすぐ辞めてしまう若者も目立っています。この辺りについては、どうお考えですか?
外山:若者たちは、少し粘り強さが足りなくなってきているのかなと思います。先ほど話したように、今の教育現場や家庭では、辛いことがあると「もう辞めていいよ」と、子どもに促してしまう傾向があります。その結果、挫折を経験しないまま大学生になり、社会に出てから些細なことで心が折れてしまう若者も少なくありません。
「優しさ」と「厳しさ」の加減が、本当に難しい時代だなと感じますね。何も考えずに一直線にがんばることや、その逆で全然がんばらないことは、ある意味そんなに難しくないのかもしれません。ですが、「柔軟にやっていく」というのはすごく難しいことなんだなと思います。
「自分には向いていない」と決めるのではなく、まずは60日がんばってみる
――「やり抜く力」を身につけるには、どうすれば良いのでしょうか。
外山:もちろん無理をして限界を超えるのはよくありませんが、勉強にはある程度の負荷がかかるものですし、それ自体が大切なことです。
努力も同様で、負荷の“かけすぎ”が問題なのであって、成長や目標達成のためには適度な努力は必要だからこそ、そうした経験を積ませることが重要なのではないでしょうか。
本の中で「60日続けると、何も苦痛にならない」という話を書いたのですが、粘り強さは特別なものではなくても、60日間続けることで苦痛がなくなるという事例があります。そういうところから「自分はできるんだ」という感覚を得られますし、“習慣化”してしまえば辛いとも思わなくなります。
永遠に辛いわけではないので、まずは60日がんばってみる。それでも辛いのであれば「自分には向いていない」ということになると思うので、「やめる」という選択もあります。最初から「自分には向いていない」と決めるのではなく、まずは60日がんばってみるという、小さな目標を立ててみるのもいいかもしれません。
――自分の手で「人生のハンドル」を握り直すために、私たちが今日から変えられる「がんばり方」の第一歩は何ですか?
外山:まずは「何を達成したいのか」ではなく、「なぜそれを達成したいのか」を考えてほしいと思います。
私たちは気づかないうちに、他者からの期待や世間の価値観が、自分自身の目標になっていることがあります。人生のハンドルを握り直すために大事なのは、本当に自分がやりたいこと、大切にしたいこと、誰かの期待ではなく自分自身が何を望んでいるのかを問うことです。
その次のステップとして、「なぜそれをやるのか」を考える。そうしないと、親や上司からの期待がいつの間にか自分の目標になっていて、“やらされている状態”に気づけないまま過ごしてしまいがちです。だからこそ、「自分が本当に大切にしたいものは何なのか」を、一度ゆっくりと時間を取って考えてみてほしいなと思います。
努力の方向が自分の価値観と一致した時には、無理やり自分を奮い立たせなくても、人は自然と前に進んでいけるのです。
「がんばり続ける」よりも「がんばり方を変える」ことが大切
――「がんばりたいけれど、がんばれなくて苦しい」と感じているすべての人に向けてメッセージをお願いします。
外山:私は最近ずっと努力についての研究をしてきたのですが、研究を続けるうちに、「がんばり続ける人」よりも「がんばり方を変えられる人」の方が、長く幸せに成長していることが分かってきました。
もし今、「がんばりたいけれど苦しい」と感じている方がいるなら、どうか無理をしないでほしいと思います。それは決して「弱いから」ではなく、これまで一生懸命にがんばってきたからこその苦しみです。今はきっと、ゆっくりと休む時期なのかもしれません。
人生は短距離走ではなく、長い旅です。一度も立ち止まらないことが大切なわけではなく、休みながらでも、自分に合った道を探し、自分らしく進んでいくことが大事になります。
そのため、「もっとがんばれ」と自分を追い込むのではなく、「どうすれば自分を大切にしながら前に進めるだろう」と問いかけてみてほしいのです。その一歩を踏み出すことが、これからの時代に求められる「しなやかな努力」へとつながっていくのではないでしょうか。
■書誌情報
『「がんばれない」 心で何が起きているか』
著者:外山美樹
価格:990円
発売日:2026年6月10日
出版社:筑摩書房(ちくまプリマー新書)