AIと人間は親友になれる? マルクス・ガブリエル×出口康夫による「開かれた哲学対話」レポート
4月17日、東京都赤坂「UNIVERSITY of CREATIVITY」において哲学者のマルクス・ガブリエルと京都大学文学研究科長の出口康夫の哲学対話イベントが開催された。イベントのタイトルは「未来のためのディープ・イノベーション~社会のために哲学ができること」。
昨年、共著『これからの社会のために哲学ができること 新道徳実在論とWEターン』(光文社新書)を出版した両氏が、激変する現代社会と未来の世界に向けての「提案」を語り合った。揺らぐ国際秩序、AI革命、気候変動etc…。解決の糸口が見えない問題が渦巻くなかで、哲学は未来を切り拓くことができるのか。
当日の会場には学生や研究者だけでなく、数多くのビジネスパーソンも詰めかけた。社会全体で哲学への期待が高まるなかで、二人の哲学者が展開した「開かれた哲学対話」の模様をお届けする。
危機の時代だからこそ、哲学は社会と繋がるべき
会場となった「UNIVERSITY of CREATIVITY」は博報堂が運営する研究機関。イベント当日は、すり鉢状のイベントスペースの中央に、出口、ガブリエルの両氏が着席し、その周囲を聴衆が取り囲んだ。
対話の口火を切ったのは、出口だ。冒頭に司会から提起された「哲学は社会を変えられるのか」という問いに対して、聴衆に語りかけるように返答する。
「答えはイエス&ノー。これが結論です。哲学は社会を変えることを目指すべきですが、哲学“だけ”では変えられない。産官学民のさまざまな人々と協力して初めて、社会変革が可能になります。そうした考えのもと、私たちは京都哲学研究所(KIP)を立ち上げて、日本のビジネス界をはじめ、さまざまな人々と連携して、新たな価値を提案しています」(出口)
KIPは出口とNTT会長の澤田純が共同代表理事を務める一般社団法人。国内外の産官学民が協働し、哲学を基軸とした国際的な運動体の形成を目指している。ガブリエルもシニア・グローバル・アドバイザーとして活動に参画しており、これまで出口と共に世界中で講演やネットワーキング活動を重ねてきた。
しかし、なぜ今、哲学者がアカデミアの枠を超えて、社会と繋がろうとしているのか。その背景には、現在の世界を取り巻く「ネステッド・クライシス(入れ子構造の危機)」があるとガブリエルは指摘する。
「(入れ子構造の危機とは)原因と結果が直結する単純な危機ではなく、単一の問題でもありません。(気候変動や国際秩序の崩壊などの)複数の危機が同時に存在し、それぞれがそれぞれに埋め込まれています。これが私たちの置かれている危機の構造です」(ガブリエル)
AIの進化は、フェイクニュースや世論の分断を加速させ、民主主義を危機に陥れる。民主主義の機能不全は、各国間の地政学的な緊張をもたらし、気候変動をより深刻化させる。このように、現在の世界が直面する危機は、それぞれが入れ子状に重なり合って影響しあっており、単一の「答え」では解決に至らない。
だからこそ、ガブリエルは「リカップリング(再結合)」が必要だと説く。哲学、科学、工学などが学際的に連携し、絡み合った危機の構造を解きほぐして、解決に導くことが必要だという。
さらに、ガブリエルは哲学とビジネスの協力も必要だと語る。
「今、そして将来における哲学や人文学の役割は、ビジネスと哲学が協力する第三セクターの組織を築き、新しいビジネスケースやソーシャルメディア、人工知能のための新しいアルゴリズムを生み出すことです」(ガブリエル)
「哲学はビジネスに入り込む必要があり、ビジネスも哲学に足を踏み入れる必要があります。なぜなら、ほとんどのビジネスは、入れ子状の危機のなかでは機能しないからです」(同)
「WE ターン」が可能にする価値の大転換
多極化が進み、無数の問題が複雑に絡み合う世界のなかで、人々の協働の基盤となる「価値」を提案するのが哲学の役割だと、出口とガブリエルは口を揃える。
では、具体的に哲学が提案すべき価値とは何か。出口は自身が提唱する「WEターン」について語った。
WEターンとは、身体行為や物事の主体を、「わたし(I)」から「われわれ(WE)」へとシフトする哲学のシステム。「歩く」や「寝る」といった、人間が単独で行なうとされる行為も、その背後では「歩道を整備する人」や「寝具を生産する人」などの他者の行為に支えられている。WEターンは、こうした人間の「単独行為不可能性」に着目し、身体行為や物事の主体を「わたし」を含むマルチエージェントシステムとしての「われわれ」にシフトさせることで、既存の道徳的価値や権利といった概念の見直しを試みる。さらに、WEターンの前提には、人間が誰しも抱えている「できなさ」を普遍的価値とする「できなさターン」が据えられる。
「私の行為、皆さんの行為を支えているのは『わたし』だけではない。家族や友達や色々な人がいる。そこには動物や植物、命のない自然物も必要不可欠ですし、AIやロボットも場合によっては含まれる。WEは人間に閉じておらず、生命にも閉じていません」(出口)
「(WEターンにより)人間同士の関係、社会、ビジネス、経済のあり方は変わることになるでしょう。人間と動物の関係も大きく変わるはずです。 それから人間とエコシステム、自然、山、川…そういったものとの関係も変わっていくでしょう。さらに重要なのは、人間と人工物の関係。人間がご主人様としてロボットを一方的に使い倒すといった非対称的な関係ではなく、双方向的な関係があってもよいのではないか」(同)
「AIと親友になること」は可能なのか
人間と人工物が「われわれ」として立場を共有し、相互に配慮する関係とは、一体どのようなものか。対話の後半では、AIを題材に、人間とAIのあるべき関係や未来のAIの形が語り合われた。まず、出口が提案するのは、AIと人間が「親友」として関係を築く「フェローシップモデル」だ。
「人間であれAIであれ、 必ず何らかのバイアスを持ってしまう。重要なことは、知的な活動をすべてAIに任せてしまうと、AIのバイアスの餌食になってしまうということです。だからこそ、常に二つの異なるエージェントが協力し合い、互いのバイアスを調整していく。AIがいかに人間より優れたとしても、人間には『違う』ことができます。人間とAIが親友のように助け合い、ときには批判し合うことで、相互の関係はより良い方向に向かうはずです」(出口)
これに対して、ガブリエルは自動車に搭載されるAIアシスタントを例に挙げて、「フェローシップモデル」に同意する。
「例えば、運転中にあなたがとても疲れていたとします。普通のAIアシスタントは『コーヒーを飲んでください』と伝えるだけです。しかし、もっと良い方法はないでしょうか。答えは、AIアシスタントがあなたと会話することです」
「倫理的なAIアシスタントは、実に優れた会話をします。『弟に電話してみませんか? 今日は彼の誕生日ですから』と言うかもしれません。あるいはフロイト的なAIアシスタントであれば、耳にしたくない母親のあれこれを話すかもしれません。つまり、倫理的なAIアシスタントは、目の前の問題を解決しますが、その一方であなたの意思決定を制限したり、自動化したりしません。これこそがフェローシップモデルであり、AIと友人関係になるということです」(ガブリエル)
さらに、ガブリエルは、AIとのフェローシップモデルの関係性を社会で実現するためにも、ビジネスの製品開発において倫理的問題を提起し、解決策を提案する存在が必要だと述べる。そうした存在を、ガブリエルは「CEO(Chief Ethics Officer。最高倫理責任者)」と呼び、会場の笑いを誘った。
リカップリング、WEターン、最高倫理責任者……この日のイベントでは、こうした刺激的な提案が数多く話題にのぼった。日独を代表する哲学者二人の対話に聴衆も引き込まれ、会場は独特の熱気に包まれていた。この日にのぼった話題の一部は『これからの社会のために哲学ができること 新道徳実在論とWEターン』でも触れられている。イベントの空気を感じたい読者にはぜひ一読をお勧めしたい。
■書誌情報
『これからの社会のために哲学ができること 新道徳実在論とWEターン』
著者:出口康夫、マルクス・ガブリエル
価格:1,320円
発売日:2025年11月19日
出版社:光文社
レーベル:光文社新書