「文学フリマ東京42」なぜ国内最大の出版イベントに? 1万8,000人規模で実現した、大塚英志の理念

 文学作品展示即売会の「文学フリマ東京42」が5月4日、東京ビッグサイト南1-4ホールで開かれた。イベントを制作・運営する文学フリマ事務局によると今回は3,509出店、4,082ブースで、来場者は18,689名(出店者5,619名、一般来場者13,070名)でいずれも過去最多となった。

 文学フリマはもともと、評論家・マンガ原作者の大塚英志が、『群像』誌上で文学が生き残るための1つのアイデアとして文学に関するフリーマーケットを提案し、2002年11月3日に青山ブックセンターで「第一回文学フリマ」が開催されたのが始まりだ。その際、一般への出店募集もされ、プロ、アマチュアを問わない形で出発している。以後、年々規模が拡大し、東京以外にも各地で開かれるようになった経緯については、第二回から発足した文学フリマ事務局の望月倫彦代表に行った過去のインタビューを参照してもらいたい。(参考:文学フリマ代表・望月倫彦が語る、リアルなイベントの価値 「文章を書く人の数は今が一番多い」

 イベントの大型化に伴い、会場をしばしば変更してきた文学フリマの東京開催は、運営コスト増大のため2024年5月の「文学フリマ東京38」(東京流通センター)より入場の有料化に踏み切り、同年12月の「文学フリマ東京39」からは場所を東京ビッグサイトへ移した。そのような変化はあるものの、東京で42回目の開催となった今回の盛況ぶりをみると、文学フリマの勢いは未だ衰えていない。

 小説、評論・研究、ノンフィクション、詩歌など、様々なジャンルの作品が集まっている。小林エリコ、並木陽などが商業デビューし、高瀬隼子が芥川賞を受賞するなど、文学フリマで活動してきた人々の活躍が、さらなる出店をうながした面はあるだろう。どのジャンルも参加が増えているが、10年ほど前と比べ特に伸びたのは、エッセイのようだ。

 文学フリマには創作だけでなく、著作権が切れたふるい作品の復刊、翻訳もみられる。「黄表紙の世界」というサークルでは、山東京伝『稿本 作者胎内十月圖』の現代語訳を出していた。これは、絵の脇にくずし字の文章がある黄表紙のスタイルそのままに絵と訳文を印刷したもので、本自体も和綴じで作られている。高校生の時から黄表紙の現代語訳にとり組んでいる大学1年生による労作だ。

 仏教の僧侶たちが宗派を越えて集まり「フリースタイルな僧侶たち」という、フリーペーパーを発行しているサークルをみかけた。CDやレコードなどを販売するディスクユニオンは、スタッフが作った音楽や映画に関する小冊子を販売していた。また、文学フリマは、本、冊子ばかりでなくグッズを出品するブースもあり、実に多彩なラインナップになっている。例えば、「文學界」編集部では、誌名のロゴが入ったTシャツ、キャップ、バッグ、ステッカーなどを揃えていた。そうした会場では、小説も発表しているいきものがかりの水野良樹(自らのプロジェクト「HIROBA」として参加)や、作家の平山夢明(サークル名「Cinema de Cinema」)など商業ベースで活動する人々が、サイン会を開いていたりする。プロとアマチュアが普通に同じ空間にいるのは、文学フリマのいつもの風景だ。

 文学フリマでは創作者だけでなく、出版社や書店、印刷会社、ウェブサイトなど、文章作品にかかわる多様な立場の人々がブースにいて売り子をしている。この場をどのようにとらえているのか、何人かに聞いてみた。

 今年、創業140周年を迎える河出書房新社は、文学フリマ初出店となった。ブースでは王谷晶『ババヤガの夜』のTシャツ(寺田克也イラスト)、同社が発行する文芸誌『文藝』のオフィシャルTシャツのほか、創業140周年記念グッズを中心に販売。「B4のゲラが入るトートバッグ」(寄藤文平デザイン)、「本を入れてプレゼントをしたくなる巾着」同)などを品揃えしたあたりが、いかにも出版社らしい。

 140周年プロジェクトで刊行されている文芸誌『スピン/spin』の尾形龍太郎編集長は、過去に複数回、一般来場者として文学フリマを訪れた経験があるという。「毎回、熱気がどんどんすごくなっている。以前は若い人が多い印象でしたけど、年配の方の参加や出店、さらに家族連れのお客さんも目にするようになりました」と感想を話す。同社の初出店については「今回のようにグッズを売ったり、アンケートを置くなど、書店とは違う形で河出書房新社の存在を知っていただく場になれば嬉しいです」と語っていた。

 早川書房は、同社の公式グッズ・レーベル「HAYAKAWA FACTORY」としての参加である。フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のTシャツ、余兒(ユーイー)『九龍城砦』のトートバッグなど、刊行作品の関連グッズが目立つ出店である。以前、皆川博子のアクリルスタンドを製作して話題になった同社は、今回は新商品としてチャック・パラニュークのアクスタを販売し、また目を引いた。

「HAYAKAWA FACTORY」を担当する山口晶執行役員は、「皆川さんやパラニュークのアクスタは、創作のお守りみたいな感じですね。文学フリマではサイン本を持ちこんで書籍のプロモーションもしますけど、どちらかというと「HAYAKAWA FACTORY」のものが中心です。それらのグッズは、ここに集まる創作をする人、したい人と相性がとてもいい」という。また、「普段はなかなかユーザーと話す機会がないですけど、ここにはお客さんがきてくれるし、Tシャツの着心地などについてもお話ができる。それがとてもいいですね」と話していた。

 独立系書店とされる双子のライオン堂は、文芸誌『しししし』や小田垣有輝『お笑いを〈文学〉する 「笑える/笑えない」を超える』などの書籍を刊行する版元でもあり、双子のライオン堂出版部門として参加した。店主の竹田信弥さんは、学生時代にも数年間、文学フリマに出店した経験があるという。2003年からオンライン書店を始め、2013年に実店舗を持った。その2年後くらいに文芸同人誌を刊行するようになり、店としてまた文学フリマに参加するようになった。

「かつては本のお祭りのようなイベントがあまりなかったので、お客さんがきてくれる文学フリマが嬉しかったんです。以前は店舗が白山にあって、その後は赤坂に移りましたけど、普段はそこまで行けないという人もここには訪れて会話などの交流ができる。店を文学フリマで認知していただくことが多かったですね」と竹田さんは語る。双子のライオン堂は今年12月に現在の赤坂店を閉店し移転する予定だ。

 フリー編集者・ライターの多田洋一さんが2010年に創刊し、年刊で今年は16号が出た『ウィッチンケア』も文学フリマの常連だ。ウィッチンケア書店として参加し、最新号とバックナンバーを売っていた多田さんは、流通センターで開催されていた時代の文学フリマと、東京ビッグサイトで開催される現在の違いをこう語る。

「以前はふらっと歩いてきて、これは何ですか? と覗いて買うような感じもありました。知ってる人が売り子をしていたのと会っちゃったから買うとかね(笑)。けれど、規模が大きくなってシステマチックになってきた。お客さんが、最初から目的地を限定して動いている気はします。それがいいことか悪いことか、わからないですけど」

 文学フリマの東京での開催は「文学フリマ東京42」で42回目となった。では、この会場の出店者で初回の文学フリマにも参加した人はいるのだろうかと思ったら、「Culture Vulture」のサークル名で長年ブースを出している近藤正高さんがそうだった。今回、新刊として『「私の」調べる技術 2026年版 「国立国会図書館デジタルコレクション」を10倍愉しむ方法』を製作した彼は、1997年よりライター活動をスタートし、『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)などの著書がある。2002年に青山ブックセンターで開催された第一回文学フリマには約80の出店があったが、近藤さんはその参加者の1人だったそうだ。このイベントの最初期を知る彼に現在までの変化を聞くと、このような答えが戻ってきた。

「今回まで通算で35、36回は出店していますけど、ここまで大きなイベントになるとは思っていませんでした。でも、規模が大きくなったこと以外は、プロとアマチュアの分け隔てなくとか核にあるものは、わりと一貫していると感じます。今、会場を見渡した時、いろいろなものが売られていますけど、昔から雑多だったので変化した気がしない。最初に文学フリマを立ち上げた大塚英志の理念をしっかり継承して規模を大きくしてきたんだなと思います」

 今回、「ほんのひととき編集部」ブースで、鈴木沙巴良・共同通信文化部記者がこのイベントのこれまでを取材した『文学フリマ物語』(ウェッジ発行)を先行販売していたのが印象的だった。スタートから24年になる文学フリマは、そのような本が書かれるくらい、もう歴史になっているということなのだろう。

関連記事