『地獄に堕ちるわよ』はなぜ想定外の怪作に? 細木数子の「食い違う2冊の記録」を使い分けた脚本の妙

 4月27日の配信開始と同時に大きな注目を集めているNetflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』。2000年代のテレビ界で圧倒的な存在感を放ち、一世を風靡した占い師・細木数子の激動の生涯を描いた作品だ。主演の戸田恵梨香は、晩年の彼女を彷彿とさせる凄まじい気迫を見せ、その怪演には視聴者から称賛の声が飛び交っている。

 本作の最大の特徴は、細木本人が執筆した自叙伝『女の履歴書』と、ノンフィクションライター・溝口敦による『細木数子 魔女の履歴書』の2冊を脚本に取り入れ、巧みに使い分ける工夫をしている点だ。しかし、その中身は多くの部分で食い違い、自叙伝では細木が「63歳の父親と妻の間に生まれた8人兄弟の四女」と語っているのに対し、溝口が取材した細木の弟は「数子は、家族と同居する愛人との間に産まれた七女だ」と証言するなど、出生すら一致していない。

 物語は、伊藤沙莉演じる売れない作家・魚澄美乃里が、細木から自伝小説の執筆依頼を受ける場面から幕を開ける。この美乃里という架空の狂言回しを置くことで、物語は「自己申告による輝かしい物語」と「徹底取材によって暴かれた裏側」という内容の相違を全9話の構成の中で鮮やかに反映させた。

 前半部分は主に自叙伝をベースとしており、1946年の終戦直後の混乱から、1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博といった時代の熱気と共に、彼女が男たちに騙されながらものし上がっていく姿を映し出す。中島歩演じる須藤豊に裏切られ多額の借金を背負う展開や、生田斗真演じる博徒・堀田雅也との出会いによって自由を手にする様は、彼女自身の視点による「不屈の成功譚」としての側面が際立っている。

 一方で、本作は細木の人生を手放しに美化するものではない。細木といえば、昭和のスター歌手・島倉千代子との関係が有名だ。信頼していた人に騙されて億単位の借金を抱え、一時期は自ら命を絶つことも考えた千代子を、同じような経験がある数子が窮地から救い出した。その後、数子はマネージャーを担い、千代子と二人三脚で借金を返済。2人は姉妹のような関係で信頼し合っていた――というのは、あくまでも細木本人が美乃里に語った話に過ぎない。

 終盤に差し掛かると、物語の舵はもう一方の文献である溝口の『魔女の履歴書』へと大きく切り替わる。美乃里が独自に周辺人物への取材を始めることで、この美談はひっくり返るのだ。同著では細木の実弟である細木久慶の証言として、「フィクサーを通じて連絡を受け、興行権を手に入れるためのビジネスとしての接近」という生々しい舞台裏が提示される。島倉を働かせ続け、借金が減るたびに「新しい借金が見つかった」と言って搾取を続ける姿は作中でも描かれており、溝口が綴った「女ヤクザ」といった表現を反映させた構成となっていた。

 ドラマで細木が記事を止めよう躍起になっていたのは、実際に「週刊現代」で連載された溝口敦の“反細木キャンペーン”記事のことであると推察でき、美乃里が小説を完成させた際、タイトルを『女の自画像』から『虚飾の自画像』に書き換えたのは、まさに2つの文献の“せめぎ合い”を象徴していたようだった。

 ドラマの配信に合わせて『魔女の履歴書』が講談社より新装版として復刊されたが、“原作”を読み比べて、ドラマが描き出した賞賛でも断罪でもない細木数子の「二つの貌」を読み解いてみてはどうか。

※『女の履歴書』は2026年5月現在絶版

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