小川哲が他人の言葉を「斜め」から解釈する理由「お前だけだ、と言われるギリギリが面白い」

 「僕が世界をどう認識しているか」を記した小川哲の新刊エッセイ集は、編集者の提案で書名が『斜め45度の処世術』になったという。本人としては当たり前のつもりの視点が、他人にとっては偏屈だったり面倒くさかったりするらしいと、著者は自覚している。この本には、そんな『斜め45度』が、詰まっている。(円堂都司昭/3月23日取材・構成)

「変人」の自覚は、小説家になってから

小川哲氏

――取材でこの質問をされても執筆から時間が経っているし「わかんねえよ」が「正直な気持ちだ」と今度の本に書かれていますけど、話の入口なのでやはりお聞きします。「この本を執筆しようと思ったきっかけはなんですか?」。

小川哲(以下、小川):月刊『Pen』の編集部からエッセイを連載しませんかといわれ、これまでエッセイはあまり書いたことがなかったのでやってみようかなという感じでした。

――なぜこういう題材になったんですか。

小川:連載は「はみだす大人の処世術」というタイトルだったんですけど、自分の考え方や体験を書けばいいと思って書いていました。だから、フリーエッセイという感じでしたね。

――「変わっている」と他人から思われていると自覚したのは、いつ頃でしたか。

小川:小説家になってからですね。だいたい、面と向かって「変わってる」って言ってくる人はあまりいないでしょう。自分がどう思われているのか、わからないと思うんです。でも、小説やエッセイを書くようになって、「そんなことを考える人いるんだ」とか言われるようになって、あ、こういうことをみんなは考えていないんだと、逆に気づくようなことが、小説家になってからすごく増えました。

――そう見られていると、小説家はその期待に応えなければいけないというような話を「はじめに」で書かれていましたが。

小川:そうとも言い切れないというか、自分が何か共感してもらえる“あるある”なことを言っているのか、こいつ変な奴だぞと思われることを言っているのか、自分でも半信半疑のことがけっこう多いんです。でも、小説にせよエッセイにせよ、その半信半疑くらいのこと、これは共感してもらえるのではないか、いやお前だけだと言われるかもしれないくらいの、ギリギリ僕もわからないくらいのことが一番面白い気がしています。そのラインが、僕のなかで重要にしている部分ですね。

――小説家になってから、トークイベントなど人前で話す機会も増えたと思いますけど、聴衆の反応で感じることはありますか。

小川:「なるほど」、「そうそう」ってなるパターンと、「そんなバカな」って笑いになるのとは、やっぱり質が違う。確かにリアルに喋る場だと、これはやっぱり僕だけなんだというようなことはありますね。

フェイクのブロッコリーで脳内を隠蔽する

小川哲『斜め45度の処世術』(CEメディアハウス)

――「“性格がいい”と思われるためには“性格の悪さ”が必要だ」と書かれていましたが、どんなところに自身の“性格の悪さ”を感じますか。

小川:他人が言ったことを、まず悪意を持って解釈することですね。例えば、誰かがSNSで家族とハワイ旅行に行きましたと写真を上げていたら、性格がいい人は「幸せな家族だね」と思うかもしれない。でも、僕は初手で「本当に幸せだったら、いちいち旅行したこんな写真とかSNSに上げないよな」とか、「アピールしなきゃいけない理由があるのかな」とか疑って入る。

――子供の頃からわりとそういう性格だったんですか。

小川:そうかもしれないですね。先生が「お前のためを思って言っているんだ」と言っても、素直な子だったら納得するかもしれないけど、僕の場合、本当に思ってるんだったらそれは言わないよな、言うってことは一つの免罪符、子どもの頃にその語彙はなかったですけど、一つの言い訳にしてるよなという風に、大人の言うことを考えていたかもしれないです。

――読んでいて特に印象的だったのは、レジでお薦めをされてもそれに従いたくないという「レジの人に意思を奪われたくない」の章、カレーを作ろうとしているんだと周囲に知られたくないからフェイクでブロッコリーを買うという「脳内を悟られたくない」の章です。その警戒感は、いったいどこから生まれているのでしょうか。

小川:僕もわからないですけど、例えば、巨人戦がある日に巨人のユニフォームを着て東京ドームへ歩いていると、「こいつ巨人戦見に行くつもりだ」って思われるじゃないですか。それがすごく嫌なんです。帰り道にジャイアンツのユニフォームを着て総武線に乗っていたら、「あ、巨人戦見終わった人だ」って思われる。それがなぜ嫌か自分でもよくわからないし、説明するのは難しいかもしれない。「この人、ウキウキで巨人戦に行くんだろう」、「カレー作るんだろう」と笑われているんじゃないかと、たぶん僕が思っているんですね。裏返すと僕が、そういうことを恥ずかしいと感じるし、笑っているのかもしれない。

――それは、レジの人の話ともつながりますね。

小川:レジで並んでいる時に前の人のカゴの中身が見えたりすると、「うわ、もろに一人暮らしの大学生だ」とか思ったりするので、そういう風に自分も思われているんじゃないかみたいな気持ちがあるのかもしれない。

あらゆる事象を「メタ化」するSF作家の習性

――「無意味な雑談を避ける方法」の章で「暑いですね」の言葉に対して「雑談の時ってどうして天気の話をするんですかね」などとメタ化する技術が語られていますが、小川さんはメタ化が発想の基本になっているのではないですか。

小川:相手にメタに立たれたくないっていうのはないかもしれないけど、自分がメタに立ちたいっていうのはあるかもしれないです。起きていることをメタ化すること自体が、僕の癖というか、好きなんだと思います。

――メタ化に関しては、個人情報を提供する見返りに生活全般が保証される実験都市を舞台にした小川さんのデビュー作『ユートロニカのこちら側』を連想しました。あの小説には、メタななにかにずっと見られている感覚が出てくるでしょう。『斜め45度』の視点は、そういうSF作家的な発想に結びついているのかなと思いました。

小川:嬉しい見方ですね。そうかもしれないです。

――「自分語りの活用法」で、誰かの個別の話を普遍化して自分の個別の話に戻すという、自分語りが得意な先輩のやり口を小説の創作と結びつけて語っていますね。フェイクブロッコリーに関しても、自分の意思や意図を他人に読まれるのを恥じることと創作術が関連づけられている。そういう創作に関連した部分が、特に興味深かったです。

小川:他の人の本を読んでいると、小説なんかは特に、ここは腕まくりして書いているなという箇所がやっぱりある。カレーでいえば、たくさん人参を入れているなみたいな箇所が、同業者だとわかる。それを、ちょっとわかりづらくしようとか、自分の小説が型に収まらないようにしようというのは、いつも考えている感じです。

――フェイクブロッコリーの話が出てくる「自分の脳内を悟られたくない」では、そうして工夫した結果、「最後にはあんまり売れない本ができあがる」とオチをつけていましたね。

小川:それを書いた頃は、本当に売れていなかったんです。今は前よりは売れるようになったんですけど。

――エッセイではオチを考えてから書くんですか。

小川:考えていないことが多いですね。どちらかというと、ある出来事の切り取り方だけが決まっている状態で書き始める。それさえ決めておくと、規定の枚数を書くうちになんとなくオチがつく感じです。

エッセイは小説を書き上げるための原液

――これまで小川さんが読んだなかで、印象的だったエッセイはなんですか。

小川:岸本佐知子さんの『ねにもつタイプ』や、町田康さんの『テースト・オブ・苦虫』などが、とても好きでした。村上春樹さんのエッセイもだいたい読んでいます。やっぱり、切り取り方が面白いものが好きですね。

――小川さんは昨秋に『言語化するための小説思考』を出されましたけど、あちらはエッセイというより評論でした。エッセイと評論は、違うわけですよね。

小川:そうですね。今度のエッセイ集ではべつに生産性のある話をしようとはしていなくて、“あるある”なのかよくわからない感じで書いています。ただ、両方を読むとわかるんですけど、『言語化するための小説思考』の方は実際、小説の元になっている要素もあったし、『斜め45度の処世術』もそうですけど、エッセイを書くことが今後の仕事の原液になるような感じはありますね。

――創作術に触れた部分などは、特にそうでしょうね。タイトルの『処世術』という言葉も、編集者の提案なんですよね。

小川:そうです。

――『処世術』については、どう思っていますか。

小川:いわゆる処世術本みたいに、自分の生き方を読者に押しつけるタイプの本は、僕は書けないし、それほど人生経験もないので無理なんです。僕はこうやっていますよ、真似したい人はしてもいいけど、そんな人もいるんだって笑ってもいいよみたいなスタイルだったら、自分でも書けると思いました。

――自分をネタにして笑いを取ること、笑われる、笑わせるのバランスについては、どうとらえていますか。

小川:文章表現って、僕が全部コントロールして書いているので、笑われるのも笑わせるのも表裏一体というか、笑われるように笑わせるところもあるわけです。読んだ人が面白いと思うんだったら、なんでもいいと思っています。一番きついのは、時間の無駄だと思われることですね。

タイパへの違和感と、AIとの付き合い方

――時間の無駄ということに関して、最近よく言われるコスパやタイパについてはどう考えていますか。

小川:コスパとかタイパって、よくわからないんです。例えば、コスパ、タイパを重視して会議はオンラインでやりましょうとなった会社で、コスパやタイパじゃないんだ、会議は対面でやるものだという人がいる。でも、それは、対面の方がコスパやタイパがいいと思っている人だからではないのか。僕は、読書ってコスパがいいと思っているんですけど、よくコスパが悪いとも言われるでしょう。言葉の定義がよくわからないですね。

――今では、生成AIが読んで要約してくれたりもします。

小川:要約を読むのと原文を読むのでは、全然違う体験なので比較がしようないですよね。明日まで『スター・ウォーズ』シリーズを全部覚えなければいけないのであれば、AIにあらすじをまとめてもらうのもしかたがない。でも、すべての作品を見た時に得られるものは、質が圧倒的に違う。用途にもよる。当たり前のことですけど(笑)。

――そこは『斜め45度』ではなかったですね(笑)。執筆にAIは使っていますか。

小川:リサーチではかなり使っています。例えば、外国や過去の時代の食事の内容を調べるのは大変なんですけど、生成AIだと候補を出してくれて、そのソースをたどって資料にも当たれるので、書きやすくなった面があります。以前に戦前戦後が舞台の小説を書いていたから、助かりました。あと、SFなどで数学的な問題の整合性が自分では確かめられないからこのアイデアは書かなかったけど、生成AIがバックアップしてくれるおかげで書けるようになったなんてことは、これから大いにありそうですね。

――『斜め45度の処世術』を書いてみて、自分に関する新たな発見はありましたか。

小川:変な人生を生きるのではなく、普通の人生、べつになんてことのない人生を生きている。そのなかでも、自分の見方から考えることで面白さが生まれたりするんだなと思いました。エッセイを書くうえで、変な出来事や体験が重要だと思われがちだけど、今度の本のなかでそういうものはあまりない。日常的で誰でも経験しうるところから話題を拾っている気がします。その日常で僕という人間が、斜めからの見方を大事にしているということを、あらためて感じました。

 この連載は未だに続いていて月に1回書くだけですけど、小説にする前の原液というか、自分のなかで1回整理しておくように、楽しく書いていけたらと思います。

■書誌情報
『斜め45度の処世術』
著者:小川哲
価格:1,650円
発売日:2026年4月17日
出版社:CEメディアハウス

■関連情報
刊行記念サイン会開催決定!
【日時】2026年4月26日(日)13:00開始
※参加グループにより集合時間が異なります
【場所】紀伊國屋書店新宿本店 9階イベントスペース
【参加費】「対象書籍付き参加チケット」1,850円(書籍代『斜め45度の処世術』1,650円+販売手数料)
【申込方法・詳細についてはこちら】
紀伊國屋書店ホームページ:https://store.kinokuniya.co.jp/event/1774786023/
※申込は4月7日(火)正午開始
※ウェブのみの受付。店頭や電話ではいっさい承ることができません

関連記事