アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の歴史は、東映アニメーション60年史の写し鏡であるーー藤津亮太が大著『ゲゲゲのアニメ』を読む

 たいへんな労作である。

 『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメ全作品について、関係者の証言と貴重な資料をまとめた1冊である。ひとことで「アニメ全作品」というが、その量は膨大だ。最初のTVアニメ(第1期)の放送は1968年。それから半世紀あまりの間に、TVシリーズだけで全6シリーズが制作され、その多くは1シリーズにつき100話近くが制作されている。当然、取材対象者も多く、本書に登場するスタッフ・キャストは70人にのぼる。

 この巨大な山脈を踏破することができたのは、長年アニメに関するデータを収集・整理してきた著者、原口正宏でなければ不可能だった。著者は1981年にビデオデッキを購入して以降、すべてのTVアニメを録画しており、第3期から第6期までは、その映像を一次資料として本書記載のデータをまとめたという。

 本書が明らかにするのは、第1に『ゲゲゲの鬼太郎』の歴史である。

 アニメ『鬼太郎』はどのように生まれ、どのような背景の中で、およそ10年に1回ほどのペースでアニメ化されてきたのか。第1期から第6期までの作風の違いや、時代とのかかわり方の変化がどのようにもたらされたのかがまとめられている。

 印象に残るのは、第1章冒頭で解説される最初のアニメ化企画の成立過程である。本書は、東映動画(現・東映アニメーション)内で書かれた2つの企画書の内容を紹介するところから始まり、企画実現までの紆余曲折を浮き彫りにする。当初はNET(現・テレビ朝日)での放送が検討され、NETも前向きだったという事実は、なかなか興味深い。また、多くの人が原作に魅力を感じながらも、「墓場の鬼太郎」というおどろおどろしいタイトルが企画実現のネックになっていたという状況も、当時のアニメが子供向けであった状況を反映して興味深い。そのため、東映動画の最初の企画書で少しでも親しみを感じさせるようにと『鬼太郎くん』というタイトルになっていたという事実には驚かされる。

 そんな『墓場の鬼太郎』が、いかにして『ゲゲゲの鬼太郎』へと改められ、放送局もNETではなくフジテレビに決まったのか。その経緯は本書を読んでいただくとして、この一連の過程から、企画成立には「天の時」「地の利」「人の和」が必要であることがよく伝わってくる。

 そしてスタートした『鬼太郎』は、その後、アニメ化のたびに、「妖怪」という切り口で時代と切り結んでいくことになる。そこについては、各期ごとのプロデューサー、演出家、アニメーター、キャストなど多数への取材を通じてさまざまな角度から語られていく。そこには時代を超えたクリエイター同士の主張のぶつかり合いもまた垣間見える。

 例えば、第3期のプロデューサー横山賢二は、人気作だった第1期・第2期を踏まえつつ、「前2作より明るくしたほうが受けるのではないかと思った」と作品の方針を語る。時代の空気を読みつつ、あえて明るい『鬼太郎』を目指したのだ。そんな明朗な第3期で扱われた、人間の少女ユメコとネコ娘と鬼太郎の三角関係について、第6期のシリーズ構成・大野木寛は「あまり好きではなかった」と打ち明けている。その上で第6期では、人間の少女まなとねこ娘(第6期の表記ママ)と鬼太郎の三人について、三角関係とはまた異なる関係として表現されることになった。このようなクリエイターの「こちらのほうがおもしろいと思う」という主張が、歴史の長いシリーズを新鮮に保ってきたことがよくわかる。

 また本書で明らかになるもうひとつの要素が、東映動画の歩みである。

 原口は冒頭でこう記す。

「大切にしたい視点はもう一つある。『ゲゲゲの鬼太郎』は今日まで、すべてのTVシリーズ、劇場作品、ビデオ作品、施設上映作品が、東映動画(現・東映アニメーション)というただ1つの製作会社によって生み出されてきたという事実だ。

 アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』の歴史とはすなわち、東映アニメーションの約60年に及ぶ歴史の写し鏡でもある。そこには、同社の製作体制、製作現場、製作技術の移り変わりと、スタッフたちの美意識・価値観の変容が反映されている。

 もし製作会社が東映アニメーションでなかったら、『ゲゲゲの鬼太郎』はここまで長い時代を生き抜き、人々に感動を与えるアニメ作品にはならなかったのではないか。というのは、同社には、他社との間にはっきりと線を引くことが可能な、厳然としたあるシステム上の特徴が長年にわたり存在しているからだ。」(同書「はじめに」より)

 つまり本書は、鬼太郎という定点を通じて綴られた東映アニメーション史、東映アニメーション論でもあるのだ。こうした書籍は非常に例が少なく、類書としては1993年刊行の『魔女っ子大全集:東映動画篇』(バンダイ出版)が挙げられる程度だ。その点でも、本書はきわめて貴重な1冊となっている。

 『鬼太郎』ファンはもちろん、アニメ史、さらにはエンターテインメント史に関心のある人にも、ぜひ読んでほしい1冊だ。こうした地道な取材・研究の積み重ねの上にこそ、批評や分析は成立するものであるということも感じ取ってほしい。

■書誌情報
『ゲゲゲのアニメ 『鬼太郎』60年史と70人の言霊』
著者:原口正宏
価格:7,150円
発売日:2026年1月8日
出版社:徳間書店

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