菊池良が語る、2010年代のSNSと読書カルチャー「本が好きな人たちの世界が広がっていく界隈が、確かに存在していた」
『芥川賞ぜんぶ読む』(宝島社)や『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(神田桂一との共著/宝島社)などの著作で知られる菊池良の初となる小説『本読むふたり』(幻冬舎)は、著者が青春時代を過ごした2010年代のカルチャーを閉じ込めた、ピュアな恋愛小説だ。
大学の課題で読んだ村上春樹の短編小説をきっかけに、読書の面白さに気づいたタツヤは、Twitterの読書アカウントを通じて、フミカというアカウントの投稿に心惹かれるようになる。やがて二人は実際に出会うことになるが……。
村上春樹、島本理生、森見登美彦、中田永一など、実在の作家の作品が多数登場し、SNSの興隆とともに、その時代の空気を切り取った本作は、どのように生まれたのか。菊池良に話を聞いた。
読書に本格的にのめりこんでいったのは、『海辺のカフカ』がきっかけ
――大学の授業をきっかけに、読書に興味をもつようになったタツヤが、SNSで読書好きの人たちと出会うことで世界を広げていく……。今はXと名を変えた2010年代のTwitterを舞台に本作『本読むふたり』を書こうと思ったきっかけを教えてください。
菊池良(以下、菊池):本にかかわる仕事をしている人なら、読書好きのアカウント……いわゆる「読書垢」の存在は日ごろから目に入っているはずなのに、界隈そのものに言及している人がいないなあ、と思っていたんですよね。「#読了」「#読書好きとつながりたい」などのハッシュタグをつけて、写真とともに読んだ本、好きな本をおすすめしあうだけでなく、「#名刺代わりの10冊」で自己紹介するなど、独特の文化が育っている。一人ひとりのフォロワー数はたいてい数十程度。さほど多くないのに、投稿には何百と「いいね」がついているのも含めて、個人的にはとても興味深い界隈だと注目していました。
――とくに出版業界の人にとって、本を読んで語り合うのはあたりまえの文化だから、かもしれませんね。たしかに十代のころや、まわりに本を読む人がいなかったころは、けっこう孤独だったな、そういうときにSNSがあったら読書垢に救われていたかも……と本作を読んで改めて感じました。
菊池:そうなんですよね。主人公のタツヤがこれまでそうだったように、多くの人たちにとって読書というのは実は非日常の体験だし、読書垢がその入り口になることもあるかもしれないなと、界隈を観察していて想像をふくらませていたんです。読書垢を通じて世界が広がり、人とのつながりがどんどん増えていく。その最初の喜びを追体験するような小説を書けたらいいな、と。
――それで、大学生になるまでほとんど本を読んだことのなかったタツヤを主人公に。きっかけとなる作家に村上春樹を選んだのはなぜだったんですか?
菊池:実は僕自身、大学に入るまで村上春樹の小説を読んだことがありませんでした。最初の授業で、どうしたら友達をつくれるだろうとまわりを見ていたら、『海辺のカフカ』を読んでいる人がいて。仲良くなるために、借りて読んだんですよね。そうしたら、タツヤと同じように「上下巻で、こんなにぶあついのに、読みやすくて一気に駆け抜けてしまった」という驚きを味わった。それまでも町田康さんとか大槻ケンヂさんとか好きな作家はいろいろいたけど、読書に本格的にのめりこんでいったのは、『海辺のカフカ』がきっかけなんです。もちろん、そこから友達とも仲良くなったし、そんなつもりじゃなかったことが、世界を思いがけず広げてくれることってあるよなあ、という原体験をタツヤに投影させたいと思いました。
読書アカウントをテーマに小説を書く人は僕だけかもしれない
――今作を読んでいると、初心に戻れるというか、純粋にただ本が好きで夢中になっていたころを取り戻させてくれる小説だなと思いました。
菊池:そういう感想が多くて、僕としても、すごくうれしいです。僕自身が、子どものころから文学が好きってタイプではなかったからこそ、ふだん本を読まない人も「ちょっと読んでみようかな」と思えたり、未知の世界に飛び込んでいくタツヤのわくわくを楽しんでもらえるといいなと思っていたんです。一方で、この十年の読書カルチャーをふりかえることができたらいいな、とも思っていたので、本屋大賞受賞作やベストセラーになった作品を意識的に入れています。
――本を読むことは、誰にとっても開かれていて、敷居の低いものなんだってことが描かれているのもいいですよね。知識や解釈を語り合うのではなく、ただ「好き」という気持ちを共有している。
菊池:そうですね。ただ、タツヤが本を読み始めたことで「本を読まない自分を馬鹿にしているんじゃないか」と絡まれるシーンがありますけど、本を読む人と読まない人って、どうしても隔たれている印象もあって。そういうイメージを払しょくしたい気持ちと、閉鎖的にみられかねない雰囲気もあるということの両方を、本のなかで書きました。
――それは、タツヤがTwitterで出会うフミカとの関係を通じても描かれますよね。
菊池:共感でつながり、仲良くなれる。それは読書だけでなく、SNSそのものがもつ光の側面ではあるんですけど、同時に、断絶や対立をあおられやすい場でもある。SNSを舞台にするなら、それはやっぱり、避けては通れないテーマだなと思います。本を読むことを聖域のように大事にしているフミカは、なにがあっても本を読むことを大事にしていけるけど、もともと読書以外にも大切なものがあるタツヤは、ずっと本を読むことだけに一生懸命にはなれないだろうし……共感をなくしたときにその関係がどうなってしまうのかも描きたかったんですよね。
――就活や現実的なことが迫ってきて本を読めなくなったタツヤと、小説家になりたいフミカのすれ違いは、なかなかリアルだなあと思いました。大人になるにつれていつのまにか本を読まなくなる、というのもまた、近年、注目されているテーマですよね。
菊池:そうですね。TwitterがXと名を変えたばかりでなく、アルゴリズムが変わって、自分の望むコミュニティだけに触れていることがなかなか難しくなり、そもそも世界情勢の変化などにもよって、攻撃的な投稿が増えたり、分断をあおる空気感が強くなったりしはじめてきた。読書アカウントという、本が好きな人たちの孤独を癒し、交流することで世界が広がっていく界隈が、確かに存在していたんだということを記録として残しておきたい気持ちと、神保町の街並みの変化など、そこにあったはずのものがなくなってしまったという切なさの両方を真空パックできたらいいなと思いながら書いていました。ひょっとしたら、読書アカウントをテーマに小説を書く人は僕だけかもしれない。Xがなくなってしまったら、こんな文化があったということも永遠に失われてしまう。こんな素敵な時間があったことを、本にすることで未来に残そう。いや、残さなきゃいけない。僕しか書く人間がいないんだから。途中から、そんな使命感で書いていましたね。
つながるのも切断されるのも一瞬
――作中で十年という月日が流れているのもよかったです。SNSだけでつながっている関係性のはかなさも、表現されていて。
菊池:一時期はものすごく密に交流していたのに、気づけば連絡をとらなくなって、あの人はいったいどこで何をしているんだろう、みたいな存在がいるのも、SNSの醍醐味だなと思います。久しぶりにアカウントを覗いてみたら、もう何年も更新されていなくて、確かにあったはずのつながりをたぐりよせることができない。その諸行無常感っていうか、つながるのも切断されるのも一瞬なんだってことも書きたいな、と思いました。だから、実はフミカとの関係はもちろん、ヒロフミという読書アカウントとの交流を書くのが楽しかったんですよ。
――フミカとのデートにもアドバイスをくれた、SNS上の友人ですね。
菊池:僕は映画の『電車男』がすごく好きで。見ず知らずの人のためにみんなが一生懸命アドバイスしてデートを成功させるって、インターネットを象徴する出来事だったと思うんですよ。インターネットといえば匿名の闇みたいなものが描かれがちななかで『電車男』だけはポジティブな側面を切り出してくれた。その空気感も、SNSをテーマにした小説だからこそ、オマージュとして取り入れたかった。この仕掛けに気づいてくれる人がいたら嬉しいですね。映画『ソーシャルネットワーク』も意識しています。
――フミカとタツヤの二人が、どんな未来を迎えるのか……。あのラストは、人によって解釈がわかれそうですよね。
菊池:そうそう素敵なことばかりは起こらない。でも、奇跡のような出会いや瞬間も訪れる。それもまたインターネットでありSNSであるのかなあ、と思います。そういう意味でも、この十年間を真空パックする作品になったんじゃないかと思うので、普段あまり小説を読まない人、これからちょっと読んでみようかなと思う人に、ぜひ気軽に楽しんでもらえたら嬉しいです。
■書誌情報
『本読むふたり』
著者:菊池良
価格:1,650円
発売日:2025年9月18日
出版社:幻冬舎