【立花もも新刊レビュー】紗倉まなの筆力に驚嘆ーー妊娠・出産で揺らぐ友情を描く新刊に注目
発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する連載企画。数多く出版されている新刊小説の中から厳選し、今読むべき注目作を紹介します。(編集部)
紗倉まな『あの子のかわり』(河出書房新社)
子どもを産むか産まないかの葛藤、そして、仲のいい友人が妊娠したと知ったときのショックを、こんなにも繊細に、丁寧にすくいあげてくれる小説は、はじめて読んだ気がする。主人公の由良は、それなりに評価された仕事をしていて、夫と犬と暮らす日常にも満足している。子どもが産みたいのに産めないわけでも、子どもが大嫌いだから絶対に生みたくないわけでもないが、なんとなく暗黙の了解で子をもたないことは合意している。納得して選んでいるはずの「今」を疑い、根幹から揺るがされるような衝撃を受けるのは、夫以上にわかりあえていると思っていた親友・有里奈が妊娠したと告げられてからだ。
ショックを受けるということは、本当は産みたかったんだろうと思う人もいるだろう。仕事では大成功していても独身の有里奈を、無自覚に見下していたから、だしぬかれたような気持ちになったのだろう、といじわるな視点を持つ人もいるかもしれない。でも、違うのだ。子どもが欲しいわけでもない。友達の幸せを心から祝福したい気持ちもある。でも、産むか産まないかで決定的に二人の人生を隔ててしまう「何か」があるという予感が、不安と焦りを呼ぶ。「本当に産まない人生でいいのか」という、決めたはずの選択をもう一度突きつけられて、脅されるような感覚。自分のためだけに生きることに、なぜかうっすらと背負い続ける罪悪感。そうした、コントロールのきかない感情に支配されて暴走していく由良と、これまでとは違う自分に変化していく過程をおそれながらもいつくしむ有里奈との関係を、断絶でも対立でもなく描く著者の筆力には驚嘆しかない。
大好きな友達といつまでも対等でいたい。何にも隔たれず、仲良くしていたいのに、妊娠・出産という選択によって確かに変わってしまうものが女性の生きる社会にはある。その切実な動揺がつまびらかに描かれていく様に、救われる人はきっと少なくない。
五十嵐大『拝み屋のおばあちゃんと僕』(双葉社)
自分のことを可哀想だなんて思うのはやめなさい。唯一の身内である母親に黙って出ていかれて、ひとりぼっちになってしまった小学6年生の蒼に、はじめて出会った祖母は言う。そうして、突然見知らぬ青森の地に連れていかれ、地元では「拝み屋」として尊敬を集める祖母とともに暮らすことになった少年の物語である。
拝み屋とは呼ばれているが、祖母に霊的な能力などかけらもなく、ただ鋭い観察眼で人々が隠していることや揉め事の中心にあるものを見抜いているだけ。それを、あたかも素晴らしい力で解決しているように見せかける……つまりは、詐欺である。そのことに早々に気づいた蒼は、祖母の仕事を手伝いながら、はたして信頼に足る人物なのかどうかをみきわめようとする。
嘘、というのはたいていの場合、よくないものとされている。でも、世の中には嘘をおりまぜながら生きるしかない人たちが存在するのも、確かだ。蒼が、祖母とともに出会うのは、ありのままの自分で生きるには世の中が不寛容すぎて、なにかをごまかすしかない人たちである。なかには、しかたない、で済まされないことも、もちろんある。それでも、地元の人たちを救う祖母が「悪い人」とは言い切れないように、蒼を置いていった母を断罪することもできないように、世の中は「いい」と「悪い」、そして「本当」と「嘘」のはざまで折り合いをつけなくてはならないことがたくさんあるのだということを、本作を読んでいると感じる。嘘のない、いいことばかりの世界を生きるためには、いったいどうすればいいのだろうか、ということも。
十三湊『水鏡文彦の奇書探訪 竜宮から帰ってきた男』(星海社)
とはいえ、絶対についてはいけない嘘というものは存在していて、本作の主人公・水鏡文彦は祖父のついた罪深い嘘のせいで苦しめられている。古書店の経営者だった祖父は、なんと、ただの古書店店主ではなく、専門家も容易に見抜くことができないほど緻密で巧妙な偽書を膨大につくりだして歴史と学問を混乱させた中心人物なのだ。新史料が発見されるたび「これは水鏡文書(偽書)ではないか」と疑いながら向き合わなくてはならない。学者たちの苦悩を考えるとめまいがするし、そのせいで日本史の研究者をめざしていた文彦も夢を絶たれることになるのだが、それでも……なんだか不思議とわくわくしてしまう、というか、生涯をかけて酔狂を貫いた文彦の祖父には、ちょっと憧れてしまう。
いや、だめなんだけれども。
でも、一読者でさえそこにロマンを感じてしまうのだ。文彦が、祖父を否定しきれないのも無理もないだろうと思う。国立公文書センターに勤務し、全国各地で発見される史料を確認するのが仕事の文彦にとっても、祖父は大迷惑な存在だけど、調査を通じて、祖父が身を置いていた世界にどっぷりつかればつかるほどそのすごさも、憧憬も、打ち消すことのできない自分を思い知らされる。その葛藤こそが、今作の読みどころであるように思う。
はたして今作で文彦が調査する「日本版ヴォイニッチ手稿」は本物なのか。祖父との関連はあるのか。ミステリー仕立てで描かれる研究者のロマンと矜持に、ぜひ胸をときめかせてほしい。