米国で雑誌や新聞など印刷メディアに復活の兆し 「デジタル疲れ」で紙の強みを再定義
雑誌や新聞といった印刷メディアが、デジタル全盛の時代にあって、意外な復活の兆しを見せている。米国では、AI/SNS時代の過剰な情報過多による「デジタル疲れ」を背景に、印刷メディアが再び脚光を浴び始めているのだ。
その事例の一つが、The Spectator米国版のプリント版の発行数の増大。英国発の老舗誌「The Spectator」は、2019年に米国でプリント版を創刊した。その米国版は今秋、年間発行回数を24号体制に倍増させ、さらにニューススタンドでの販売も開始するという。副編集長ケイト・アンドリューズは「印刷メディアを含めた購読パッケージやイベントが新規読者を惹きつけている」と指摘。 定期購読型の紙雑誌は、AI時代には希少な「熱心な読者層」を獲得できる可能性があり、広告主にとってはデジタルにはない付加価値を提供できるという。さらにこうした動きに並行して、同社はニューヨークやワシントンD.C.のオフィス拡張も進めているという。
また、もうひとつの注目事例が、風刺メディア「The Onion」だ。2013年に紙版を停止し、長らくデジタル版だったが、2024年夏に11年ぶりの印刷メディア復活を果たした。復刊号は民主党全国大会で配布され、その後は定期購読者に郵送される仕組みを導入。現在では5万人以上の購読者を抱えているという。編集責任者ジョーダン・ラフルーアは紙復活の理由はいくつもあると説明している。「編集部ではずっと、紙版こそが The Onion を楽しむ上で最も優れた方法だと考えてきた。それはどんな出版物にも言えることだが、特にコメディの場合にはそうだ」と語り、「SNSは居心地の悪く有害性のある場所で、家族の投稿や靴メーカーの広告と並んで The Onion を読むのは理想的とは言えない」とSNS依存からの脱却を狙っている。広告収入のみに頼らず、読者からの直接収益で持続可能性を確保する事例だ。
エッジの効いた編集方針で知られた「VICE」もまた、一度は破産とオンライン版閉鎖を経験したが、今年、紙とデジタルを組み合わせた新モデルで復活した。創刊号「Rock Bottom Issue」では、戦時下のウクライナの若者文化やアメリカMAGAフラタニティの享楽主義、ボリビアの山奥に潜む秘密のコカイン・バーなど、VICEらしさが全開のルポを展開した。尖った視点を届けるのに、あえて紙というメディアを組み込んだ点は、VICEの新たな試みだろう。
これらの印刷メディアの復活を支える背景には、人々の「デジタル疲れ」がある。AIが情報を大量に生み出し、SNSで誰もが発信する今、スマホやパソコンから距離を置きたいと考える人は多い。こうした中で、印刷メディアは静かで集中できる読書体験を提供する「スロー・メディア」として再評価されているのだ。ウィスコンシン大学の調査によれば、2023年には米国内で70以上の新しい雑誌が創刊され、同年後半に米国成人の4分の3が紙雑誌を読んだと指摘。それは特に45歳未満が読者の中心であって、従来の「印刷メディアを読むのは高齢層」という常識を覆していた。
The Spectator、The Onion、VICE のように独自路線のブランドや編集方針を有効に活用しながら、「紙の強み」を再定義する動きが広がっている。かつては「デジタルこそ未来」だという考え方が広がっていたが、今やデジタル全盛時代だからこそ、独自の強みを発揮する「印刷メディア」が再び脚光を浴びつつある。