【短期集中連載】戦後サブカルチャー偉人たちの1945年 第五回:焼け跡のサバイバーたち

色川武大、原節子、山田太一……それぞれの戦争体験とは? 「焼け跡のサバイバーたち」の数奇な運命

山田太一:日本の原爆開発に興奮した軍国少年の思い出

山田太一(本名・石坂太一)/脚本家・小説家
・1934年6月6日〜2023年11月29日
・1945年の年齢(満年齢):11歳
・1945年当時いた場所:日本国内 神奈川県湯河原町

『昭和を生きて来た』(河出書房新社)

 『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』ほか数多くのテレビドラマ、映画のシナリオを手がけた山田太一の作品のなかでも、単発のスペシャルドラマである『終りに見た街』は1982年の初放送以来、2005年、さらに山田が没後の2024年と2度リメイクされた。山田は本作で、空襲、疎開、勤労動員、隣組の同調圧力……といった、すっかり定型化された戦争体験の描き方にリアリティを与えるため、現代の家族が戦時下の1944年にタイムスリップするという設定を採った。2024年版のシナリオを担当した宮藤官九郎も、その意図を再現することに務めている。

 山田は自分の戦争体験について、あまりまとまった形で詳細に語ろうとはしなかった。エッセイ集『誰かへの手紙のように』(マガジンハウス)に収録された『呪縛』という文章では、たとえばカンボジア内戦で家族を失った人や、アウシュビッツ収容所の生き残りが抱いているであろう人生観を引き合いにしつつ、自分は「体験に縛られたくない」と述べている。それでも、断片的な形で戦争に触れた発言は少なくない。

 『昭和を生きて来た』(河出書房新社)によれば、山田の父は東京都浅草区(現在の台東区)で大衆食堂を営んでいたが、大戦末期、空襲による延焼を防ぐため建物の取り壊しと強制疎開を命じられる。店で使っていた食器、鍋などは二束三文で売り払われ、店主の父が苦労を重ねて獲得した成功は戦争に奪われたと山田は記す。一家は神奈川県湯河原町へと疎開し、かねてより病身だった母は間もなく死去した。

小説版『終りに見た街』(小学館)

 小説版『終りに見た街』(小学館)のあとがきによると、1945年のはじめ、山田は学校で理科教育に熱心な教師から「特殊爆弾」の話を聞かされた——実際に戦時中、日本の陸海軍と京都帝国大学は原子爆弾の研究を進めていた。教師はこれを「ワシントンに一発、ニューヨークに一発」に落とせば戦争は日本の勝利に終わると語り、山田や級友たちは「すげェなあ」と盛り上がった。結果は逆で日本の広島と長崎が壊滅するが、山田は「あの時の先生の目の輝き、私たちの興奮を思い出すと、原爆についてアメリカを非難したりすることが出来なくなるのです。」と記している。

 終戦は疎開先の湯河原で迎えた。『終りに見た街 男たちの旅路スペシャル〈戦場は遙かになりて〉 山田太一戦争シナリオ集』(国書刊行会)には、「少年期の飢餓体験」という講演録が収録されている。その内容は以下のようなものだ。

 終戦直後、山田は浅草に住んでいた当時の友人に会いに行った。日帰りでも結構な距離なので相手先で昼食をもらうことになるが、食料難の状況下だけに手みやげがないと申し訳ない、とはいえ家に食料はないので、父から鍋を渡される。ところが、途中の満員電車の中で鍋は奪われてしまう。友人の家はみすぼらしいバラックで、「ああよくきたね」と出迎えてくれたものの、家人は露骨に迷惑そうだった。家内で友人が母親に叱られる声が聞こえ、山田は気まずさに耐え切れず帰ることにすると、友人が後ろからついてきたものの、双方とも何も言えずに泣き出してしまったという。

『終りに見た街 男たちの旅路スペシャル〈戦場は遙かになりて〉 山田太一戦争シナリオ集』(国書刊行会)

 単に食料がなくて空腹で辛いという話ではない。手みやげもなく、相手の親に迷惑をかけるわけにもいかないという、精神的な辛さがよほど印象に残ったのだろう。

 山田は後年まで、こうした子供の単純さ、残酷なすれ違い、気まずさ、欺瞞の取りつくろいなどを描くことにこだわった。『終りに見た街』では、戦時下にタイムスリップした家族のうち、純朴な子供や若者ほど当時の人々の空気に同調して、あっさりと戦争を支持する価値観に染まってしまう。『男たちの旅路スペシャル〈戦場は遙かになりて〉』では、鶴田浩二の演じる元特攻隊員が、終戦の前夜に出撃を焦って整備士を殴った心境について、自分は国を守る意気に燃えていたのではなく、実際には出撃できないせいで卑怯者とか臆病者と言われるのが嫌だったと本音を語る。

 戦争を題材とする多くの作品では、民衆や末端の兵は、ただ巨大な運命に翻弄された被害者として描かれがちだ。けれども、山田は、個々人の些末な意地、体面、悪意のない周囲への同調が戦争を駆動していたことを深く自覚していたのだ。

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