“下心”と“ピュア”な恋は両立する? 令和ラブコメの注目作が挑戦する、恋愛漫画の最前線
恋愛漫画において、男性が女性に抱く“下心”の扱いは難しいもの。純粋でロマンチックな関係を成立させるには、読者に「結局下心でしょ?」という印象を抱かせない工夫が必要だろう。
今回はその難題に真正面から取り組んでいる漫画として、遠野人夏の『やちるさんはほめるとのびる』を紹介したい。
■“性嫌悪”のキャラクター
同作は人間界で暮らす妖怪・八尺様のやちると、人間の青年・名桐誠一郎による“ほめてのびる”ラブコメディ。5月から「コミックDAYS」で連載が始まり、7月18日には単行本の第1巻が発売された。
八尺様といえばインターネット発の怖い話として知られ、八尺(240cm)の長身をもつ女性の姿をした妖怪で、「ぽぽぽ」という声を発しながら子どもを連れ去っていく……という設定だった。
しかし同作におけるやちるは、世間で「八尺様はえっちな妖怪」というイメージが広まったことで力が衰えており、身長も190cm程度にまで縮んでいる。
物語はそんな彼女が八尺様の信奉者で、「八尺様はいかがわしい妖怪ではない」と熱弁する誠一郎と出会うことから始まる。誠一郎が八尺様を褒めると自身の力が戻り、カラダが大きくなると気づいたやちるは、「ほめてのばす」実験を繰り返していく。
そして2人は恋愛的な意味でも距離が近づいていくのだが、そこで大きな問題が立ちはだかる。やちるは強い“性嫌悪”を抱えているのだ。
やちるにとって性的な目線は、自分が弱体化する元凶でしかない。さらに電車に乗れば周囲の乗客からセクハラまがいの目線を向けられ、世間のイメージを払拭するために動画配信を行えば視聴者から露骨に下心をぶつけられる……。そんな出来事の繰り返しもあって、性的なものに忌避感を抱くようになっている。
だからこそ自分に「そういう目」を向けず、八尺様を“純粋”に好いている誠一郎のことをありがたく思い、強く信頼するようになるのだった。
しかし実際には、誠一郎に下心が存在しないわけではない。やちるにみせるやさしさも、八尺様への純粋な信仰心も嘘ではないのだが、それと同時に幼少期から「背の高い女性が好き」という性的嗜好をもっていた。
誠一郎はやちるの信頼を裏切らないために、自分のなかの欲望を抑え込もうとするが、そこはラブコメ作品らしく色々なトラブルが巻き起こる。というのもやちるはドジな体質で、頻繁に無防備な姿を見せて誠一郎の心を揺さぶっていく。
しかしたんにコメディでは終わらない部分も描いているのが、同作の面白いところだ。たとえば第2話ではやちるの力をより詳しく知るため、漫画喫茶の個室で実験を行う。そこで事故のような流れで、誠一郎が押し倒すような恰好になるのだが、下になったやちるは恐怖に青ざめた表情を浮かべる。実は元々彼女は密室で男性と2人きりになることを怖がっていたのだった。
ラブコメにありがちな“お色気ハプニング”のお約束を裏切る展開であり、2人の関係を誠実に描こうとする心意気も感じられる。
その後、やちるは徐々に誠一郎への恋心を抱くようになり、性欲に近い気持ちすら芽生えてくる。だがそれと同時に、誠一郎が自分に性的な目を向けてくるのは嫌だと感じてしまう。こうして矛盾した感情に苦しみながらも、手探りで関係を深めていくところが、同作の見どころと言えるだろう。