『ジークアクス』の成功が切り拓いた、『ガンダム』世界の新たな可能性 多元宇宙で広がった創作の余地
TVアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(ジークアクス)が第12話「だから僕は…」で完結した。『機動戦士ガンダム』(1979-80年)で地球連邦がジオン公国に勝った設定をひっくり返して、ジオンが勝利した世界を描く一種の仮想戦記と思わせて、似たような世界が幾つもあるという多元宇宙の設定をぶち込み、『ガンダム』にとって正しい歴史とは何かを問うような物語を生み出した。文字どおり“何でもあり”だった『ジークアクス』が『ガンダム』の世界に拓いた可能性とは?
【画像】『ジークアクス』鶴巻和哉らの完結記念イラスト&メッセージ
『ジークアクス』が拓いた功績
仮想戦記は面白い。第二次世界大戦の勝者が連合国側ではなく枢軸国側だった世界を想像してみせたフィリップ・K・ディックのSF小説『高い城の男』(ハヤカワ文庫SF)も、第二次世界大戦に大日本帝国とアメリカ合衆国が参加せず、ドイツが勝利した世界で第三次世界大戦が起こる佐藤大輔『レッドサン ブラッククロス』(中央公論新社)も、あったかもしれない架空の歴史を見せてくれて興味を誘われる。
現実の歴史では負けてしまった側にいる者が、勝っていた場合を想像して良い気持ちになれるというところも、仮想戦記が好まれる理由だろう。だから今もジャンルとして人気がある。6月25日にも第一人者の横山信義による『機動部隊旗艦「大和」6 「大和」残照』 (C★NOVELS)が刊行されて、現実では不遇だった戦艦大和が大活躍する世界に浸らせてくれる。
『ジークアクス』も当初は、そうした仮想戦記ならではの反転の面白さで目を引いた。シャア・アズナブルを擁してファンの多いジオンが、連邦の作った最新鋭モビルスーツ「ガンダム」を手に入れ、アニメに描かれた敗北の歴史をひっくり返す。ジオン推しだった人たちの溜飲を下げ、ガンダムファン全体に“その後”の世界がどうなっているか、あの人たちは何をしているのかを見せて、なるほどといった感嘆を誘った。
その上で、思春期の鬱屈した少年少女が非日常的な出来事にあこがれ飛び込んでいくという青春ストーリーを描いて、ガンダムを知らない世代の関心も惹きつけた。友達だった相手がライバルになるようめまぐるしい関係性の変化で翻弄しつつ、次にどうなるかといった興味を煽ってラストまで持っていく。スピード重視の時代を映したストーリーテリングもファンを飽きさせなかった。
仮想戦記的な興味だけなら、ファンが作る二次創作でも満たされないことはない。『ジークアクス』の価値は、そうした二次創作的な想像を「ガンダム」シリーズの総本山が自ら繰り広げ、創作の余地を広げたところにある。多元宇宙というSF的な理屈を持ち込んだことも、『ガンダム』の舞台の土台になっている「宇宙世紀(UC)」、あるいは「正史」の相対化に納得感を与えた。「正史」も含めてすべての歴史が、「シャロンの薔薇」と呼ばれるララァ・スンの想念が作り出した数ある世界線のひとつになった。これが、今後の創作にいろいろな影響を与えそうだ。
『ガンダム』から始まり『機動戦士Zガンダム』(85年)『機動戦士ガンダムZZ』(86年)へと続いていく「ガンダム」シリーズは、設定もキャラクターもメカニックもある程度、UCの上に刻まれる「正史」を踏まえる必要があった。ファンの期待に応え、物語の世界を壊さないために必要だったからだが、『ジークアクス』の好評は、「正史」を外れた設定や物語でも大いに受け入れられることを示した。
今後、『ガンダム』と地続きのUC世界を舞台にする時でも、面白ければ仮想戦記的な試みを織り交ぜられるかもしれない。自分ならこうしてみたいと挑戦する動きも出て来そうだ。
過去にこうしたUC宇宙の改変の試みが行われなかった訳ではない。生みの親の富野由悠季監督自身が、1979年11月から順に3冊発表した小説版『機動戦士ガンダム』(スニーカー文庫)で、TVアニメから逸脱したストーリーを書いている。全3巻の第1巻でララァは死んでしまい、ラストはアムロすら死んでしまう。それでも、生みの親により“もうひとつのガンダム”としてファンは受け入れた。
富野監督は、『ガンダム』を劇場3部作にした時も改変を行った。『ジークアクス』の第12話でシャアのゲルググと白いガンダムが戦っている場に登場した、アルテイシア(セイラ)が操縦している乗り物は、劇場版では「コア・ブースター」に変えられた「Gファイター」というメカだ。劇場版しか見ていない人は驚いたかもしれないが、TVアニメのファンには嬉しい登場だった。