ヒップホップとカット・アンド・ペーストは同じ時代に誕生したーーイノベーションとリバイバルについて
一旦シーンから消えたものでなければ、リバイバルしない
これは先日、伊藤ガビンの『はじめての老い』の刊行記念のトークショーで、伊藤ガビンと藤原ヒロシがいっていたことだ。現在は、あらゆるものがリバイバルする時代だけど、リバイバルブームって、廃れたものに再注目すること。一旦シーンから消えたものでなければ、リバイバルしない。何でもいつかは再発見され、リバイバルされる時代なのだから、むしろ作品やアーティストは、1度葬り去られて忘れられる方が重要。なるほど。
元の素材を自由に切り貼りして使えるものにする。それは、コンピューターやデジタルの特性でもある。文書の一部を切り取り、別の場所に貼り付けることができる。コンピュータが普及する過程で、誰もが自然に覚えた日常的なパソコンの操作の手法がカット・アンド・ペーストだ。日本だと「コピペ」の方がなじみがある。つまり、クリップボードというメモリ領域に一時的にデータを保存し、アプリの壁を越えてデータを別のアプリで利用する機能。これは、テキストだけでなく写真や画像でも使える。
これを発明したのは、アップルでもIBMでもなく、ゼロックスだっていうのがおもしろいところ。大手のコピー機屋さんが機能としてのコピー・アンド・ペーストを発明した。ゼロックスのパロアルト研究所で働いていたラリー・テスラーがその発明者とされている。
この機能が生まれたのは、奇しくもヒップホップの誕生と同じ1973年である。
元々アナログレコードから生まれたヒップホップが、サンプリングマシーン(MPC)でつくられるようになるのは、80年代後半。まさにQティップやDJプレミアらの世代が最初。この頃からヒップホップは、カット・アンド・ペーストでつくられるようになった。DJプレミアの、元ネタを切り刻んで配置する技は「チョップ」と呼ばれるが、コンピューター上で行われている作業は、カット・アンド・ペーストだ。
ヒップホップの重要要素の中でも、「ファッション」や「起業精神」の次あたりの位置に、ぜひ「カット・アンド・ペースト」という要素も加えてほしい。これで6つ。切りが悪いので7つ目を入れるとしたら「親孝行」だろう。
近年、ビルボードのチャートを見る限り、ヒップホップという分野全体の勢いは、明らかに低下している。その中にはサンプリングの革新性が薄れ、権利関係も厳しくなっていることが関係しているかもしれない。コンピューター文化のコアなところでもある、カット・アンド・ペーストという機能も、今は廃れつつある。なぜなら人はスクショに頼るようになったからだ。検索とコピペが急に存在感を失っている。
世の中には、流行廃りがある。完全には消えないが1度廃れる。ただ消えている期間が続くと、のちに「これは重要だから誰かが評価しないと」という力が働くようになる。のちに再評価やリバイバルのために、まずは廃れたほうがいいのかもしれない。