とろサーモン久保田かずのぶ「自分で言ったことが現実になるのが怖い」挫折・離婚・炎上……自叙伝『慟哭の冠』に込めた思い
漫才師、ラッパー、画家と幅広い活動を続けているとろサーモンの久保田かずのぶが、初の自叙伝『慟哭の冠』(KADOKAWA)を3月21日に発売した。どん底時代のエピソードはたびたびネタとして披露していたが、いざ文章となったものを読むと、あまりに壮絶で苦しいほどにリアルだ。今回はいち人気芸人の半生という枠を完全に超え、胸に迫るノンフィクションに仕上がった『慟哭の冠』執筆の舞台裏を聞いた。
どんなにしんどくても舞台に立てばウケる、だからお笑いの仕事が嫌いになれない
ーー自叙伝を書こうと思ったきっかけを教えてください。
久保田 先輩である笑い飯の哲夫さんから、語彙力もあるし言葉がうまいから本でも書いてみたらって言われて、それがずっと引っかかっていたんです。哲夫さんはリスペクトしていましたし、本もめっちゃ出しているんで、ちょっとやってみようかなって思って、書き始めたんです。
ーー文章のリズム感が素晴らしく、読んでいてどんどん気持ちが高揚していくのを感じました。リズムについては意識していましたか?
久保田 その点はみんなによく言われるんですけど、まったくないです。ただ、書いていて自分の熱量がバンバン増していくのは感じました。書き終わって1回休んで、朝に起きたら文章を見直して、熱量が足りないと感じたら書き加えていって、時間をかけて作っていった感じです。
ーー足かけ9年にわたって書き続けたと聞きました。その間に困難やトラブルはありましたか?
久保田 文章のデータをiPhoneに入れていたんですけど、機種変のときにデータが全部、飛んだんです。マジで落ち込んで、ショップに持っていったけど無理だと。iPhone大好き芸人のかじがや卓哉くんという後輩がいるんですけど、彼に相談したら10時間以上かけて復元してくれて、消えた4000文字の文章が1000文字だけ戻ってきたんです。そこから書き直したってことがありました。
ーー本書では東京に進出してから、現在に至るまでが克明に描かれています。ネタにもしているさまざまなアルバイトも出てきますが、その中でも、特にキツイと思ったものはありますか?
久保田 キツイというか、自分が傷つきすぎてあちこち記憶が飛んでいるんです。記憶の断片をやっと文章に残したんですけど、一番、キツかったのは知り合いの社長に頼まれて、お金持ちの集まるパーティーに行ったときです。バケツにウィスキーを入れて飲まされたり、飲めなかったらバカにされて札束を顔に投げつけられたり……。
今も「クソが!」って思います。もし自分がサラリーマンで、そんな経験を人に話したら引かれるし、「訴えたほうがいい」って言われると思います。でも舞台に立ってスポットライト当たって、客前でこのことをしゃべると、みんな笑うんです。しんどい、やめたい、死にたいと思っても舞台に行けばウケる。つらいことがある。でも舞台に行ってしゃべったらウケる。自分をナイフで傷つけて、気づいたら強くなっていて、M-1で優勝できたりする。これなんです。お笑いの仕事が嫌いになれないのは。
ーー暗黒のような生活をしていた東京時代。読んでいてつらくなる内容が続きますが、2015年、田無から北池袋に引っ越した頃から、つらい中にもポジティブな雰囲気が出てきます。なにが変わったのでしょうか?
久保田 テレビ番組に呼ばれたときに、泥水をすすった経験をしゃべったらウケるようになってきたんです。それが続いて、ちょっとだけ、わずかな光がさしてきた感じがあったんです。自分にぬくもりが出だしたというか、ちょっとずつちょっとずつ明るくなれたところがあります。田無には近くに芸人仲間がほとんどいなかったんですが、北池袋はニューヨークの屋敷やアントニーがいてくれたことも大きかったです。
ーー暗黒時代に「M-1グランプリで優勝する」という言葉が、自分を踏み止まらせる呪文のように何度も出てきます。
久保田 M-1は生きていく支えになっていました。自分はお金もないし、芸人としてなにもなくて、ただ生きていて傷ついているだけ。当時、M-1で優勝できるほどのネタも作れていなかったし。じゃあ、なにが残っているんだってなったら、そこからM-1の優勝を目指すことしかなかったんです。
もし自分が裕福な家の子で東京に出ていたら、M-1で優勝はしていないでしょう。そもそもお笑いもやっていなかったかもしれない。だから「失うこと」「なくすこと」はすごく大切だと思うんです。なくすことで、人は初めて探そうとするから。自分にとって探したいものは1個しかなくて、それがM-1優勝だったんです。
ーー失って、なにかを手に入れた東京という場所をどう思いますか? また大阪とは違うものでしょうか?
久保田 大阪はどこに行っても会う人が限られている。誤解を恐れずにいうなら、村と一緒だと思います。メシ食えなくても食わせてくれる人がいっぱいいるし、甘えられる。東京はまったく知らない人が集まっている、でっかいなにか。他人に気を遣っている場合じゃないし、そんなことしていたら食われてしまう。気を抜いたら飲み込まれる。ただ、チャンスはあります。一気にめくってバコーンと稼げる、夢のようなところだと思います。
ーー今はそんな東京が好きですか?
久保田 自分の内面を変えてくれたんで、好きです。今は感謝をしています。