連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年2月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は二月刊の作品から。
若林踏の一冊:南海遊『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件』(星海社)
かつて名探偵と連続殺人鬼が対峙した孤島を訪れた大学ミステリ研究会のメンバーに、残酷かつ不可解な事件が次々と襲い掛かる。綾辻行人以降の“新本格ミステリ”やメフィスト賞作家の諸作品に対するオマージュを織り交ぜながら、大胆かつ精緻な謎解きの仕掛けで翻弄する作品だ。作中ではある特殊な設定が描かれるのだが、それが謎解きを構成するピースだけに留まらず、物語としての豊饒さを生み出すことに貢献している点が見事である。明快でありながら読者の盲点を上手く突いたトリックがふんだんに盛り込まれているところも良い。
千街晶之の一冊:松城明『探偵機械エキシマ』(KADOKAWA)
AI探偵というキャラクター設定もすっかり珍しくなくなったが、そんな設定に慣れた読者をも驚かせるのが『探偵機械エキシマ』だ。まず第一話を読んでみよう。極端に凝縮された言語でしか喋らないAI探偵と、それを常人にも通じるように翻訳する助手の空木……というコンビは面白いし、この第一話だけ取り出しても完成度の高いミステリだと感じる。ところが、この設定は第二話、第三話……と進んでゆく連作に発展することで、数倍、数十倍の効果を発揮するのだ。技巧の極みのような連作短篇集であり、現時点での著者の最高傑作である。
藤田香織の一冊:町田その子『月とアマリリス』(小学館)
自らが書いた記事が重大な事態を引き起こし、週刊誌の記者をやめタウン誌のライターとなった主人公・飯塚みちるが、地元福岡で白骨化された遺体が発見された事件を追うことになるミステリーサスペンス。事件そのものにも、みちるの過去にも現状にも、人と人を結ぶ糸が絡み合いもつれ合いその関係性について考えずにはいられなくなる。被害者と加害者の間で何が起きていたのか。なぜそんなことになったのか。おおー、町田その子はここを掘るのかー! というニヤニヤがとまらないのに、人って怖いし狡いし弱いし汚いよね、とヒリヒリ。でもそこがいい!
酒井貞道の一冊:紺野天龍『魔法使いが多すぎる 名探偵倶楽部の童心』(講談社タイガ)
物理法則や社会ルールはいじらずに、探偵の推理だけに特殊な枷をはめる展開がまず強烈である。探偵役の来栖志希は、魔法の存在を信じるドリーミーな依頼人を不幸にしないためと称して、魔法の実在を前提とした推理に拘り抜いて、依頼人の師匠を殺したと主張する人物を論破してく。依頼人に対する志希の寄り添いは明らかに過剰で、ワトソン役にすら異様に映る。これに起因する若干の不穏さを孕みつつ、志希の奮闘が奏功し事態が決着するかに思われた後半に、やって来るのだ。煌くように、破壊者が。物語の本番はそこから始まる。圧巻。