速水健朗のこれはニュースではない:映画『セプテンバー5』とテレビの衛星中継時代

コントロールルーム映画としての『セプテンバー5』

 話を『セプテンバー5』に戻そう。1972年当時、VTRと生放送を組み合わせることは、かなり手間のかかる作業だった。カラーと白黒の映像が混在し、インサートの静止画用にはフィルムも併用されている。おそらく現代のように即座にリプレイを再生することは難しかったはず。ちなみに1972年のアメリカでは家庭用テレビのほぼすべてがカラー化されていたが、ヨーロッパではまだ白黒が混在している。日本でもこの時期はカラーと白黒がほぼ半々である。

 衛星中継に関していえば、1963年のケネディ暗殺を皮切りに、4年後の1967年、ビートルズが『愛こそはすべて』を全世界に向けて衛星中継した。BBCの番組『Our World』では、4カ国同時に中継され、視聴者は4億人。1973年1月、プレスリーの『アロハ・フロム・ハワイ』が10億人に向けて放送される。この出来事が『セプテンバー5』の4か月後にあたる。映画のキャッチコピー「9億人が“目撃”」という文言は、こうした歴史の流れを意識したものかもしれない。

 ちなみに、1972年2月の日本では、あさま山荘事件の中継が話題を呼んだ。ただし、こちらは山岳地帯に中継車を配置して中継する「地上中継」であり、衛星中継とは異なる。

 僕がこの映画が傑作だと確信したのは、わりと映画の冒頭に近い場面。主人公が出勤すると、副調整室のエアコンが故障していることが判明する。好きなフラグである。「大変な一日が始まる」ことを予感させる。蒸し暑く、暗い部屋。シャツの袖をまくりながら働くスタッフ。モニターが並ぶ空間。

 このシチュエーションは『アポロ13』とも共通する。NASAのスタッフたちも、シャツの袖をまくりながらモニターに向かっていた。『セプテンバー5』は、僕の分類では「中央制御室映画」だ。コントロールルームムービー。これは僕の独自分類である。

 このジャンルには傑作が多い。『アポロ13』のほか、『宇宙戦艦ヤマト』『ジュラシック・パーク』『新幹線大爆破』『シン・ゴジラ』などが挙げられる。『新幹線大爆破』では、列車の現在地や速度、次の通過駅など、あらゆる情報が中央制御室に集まる。この場面なしには映画は成立しない。

 制御室の中央の大きなモニターを全員が注視する。重要な情報は視覚で伝えられるのだ。映画館の観客は、それをスクリーン越しに見守る。この二重構造に気づく瞬間こそ、コントロールルーム映画の醍醐味である。

■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日 
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095

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