大学生協で最も読まれた本「アカデミック・ライティングの教科書」著者・阿部幸大「保守的な大学教員に敵視されても構わない」
「5年以内に、この本の影響力が各所で可視化されてくる」
――第2章では、元・名古屋大学教授、戸田山和久さんの著書『論文の教室』が(期末レポートや卒論といった範囲での)論文を「問いがあり、その答えを主張し、その主張を論証する文章」と定義していることについて引用し、阿部さんは「論文の成否における条件は問いの有無は本質的に関係がない」と主張されています。
阿部:そのとおりです。
――業界の重鎮である戸田山さんの主張を、ましてや最も読まれているアカデミック・ライティングの本を、ここまで正面から否定していることに驚きました。
阿部:論文における「引用して批判する」という行為は個人レベルでの軋轢を生むようなものとは大きくかけ離れています。本書で最もストレートに批判したのは戸田山先生の著書『論文の教室』ですが、その章では同時に、多くの人に受け入れられているような理解を刷新することで大きなアカデミックな価値が生まれるということも説明していて、その実演としてやったわけです。
――戸田山さんからはどんな反応がありましたか?
阿部:戸田山さんとはイベントで対談させていただいて、そのあとも個人的に仲良くしてもらっているのですが、最初は「俺の本を批判してるのに推薦文の依頼? ふてえ野郎だな」と思ったらしいです。
――それは怒ってるのでは(笑)?
阿部:冗談っぽくおっしゃっていましたけどね(笑)。
――本書で戸田山さんの主張を批判しているのにもかかわらず、戸田山さんが本書への推薦コメントを寄せていることも不思議に感じます。
阿部:本では批判しておいて、なおかつ帯コメントを依頼すること、その「矛盾」するように見える行為自体が、アカデミアにおけるコミュニケーションのありかたを伝えるための一つの方法だったわけです。
帯コメントをお願いしたとき、戸田山さんは「自分がこんなことで怒るような人間ではない、というふうに判断されたんだな」と思って、それが嬉しかったとおっしゃっていました。俺も戸田山さんならこの本に書いた彼への批判が敬意の表明であることを理解してくれるだろうと思っていたので、こちらもそう受け取っていただけて嬉しかったです。
――本書は多くの学生が論文執筆の参考にしていると思います。その一方で、例えば本書を参考にして「問い」を省いて論文を執筆するも、それを読んだ指導教授から「論文に必須の『問い』が欠けているからダメだ」と突き返されているようなことも起きているのではないかと思いました。
阿部:それは予想していましたし、どこかでは確実に起きていると思います。「こいつ、阿部の本にかぶれやがって」と感じる教員もいるでしょうね(笑)。ただ、そういう現状については、いま俺自身がどうにかできるものではないです。
この本が業界に広く浸透し、パラダイム・シフトをもたらすには、おそらく15年くらいかかるでしょう。この本を読んで実践してくれるメインの世代は、あくまで分布の話で年齢に本質的な関係はないわけですが、おおむね20代から30代だと認識しています。この世代が業界の中核をなすまでには、どうしても時間が必要です。どの業界でも言えることですが、年配者ほど権力を持っていて、ルールを決定できる力があって。アカデミックな業界で言えば、論文を定義する力を持っている。
ただ、俺はそのような年配の方々を説得することには興味がありません。時間をかけて「あなたたちの考えは違うんですよ」と理解してもらうことは、やれば可能かもしれませんが、それは俺が時間を割いてやるべき仕事ではない。この本を読んで納得してくれた若い世代が、時間をかけて業界を変えていってくれればいいんです。まずは今から5年以内に、この本の影響力が業界の各所で可視化されてくる。彼らが実力をつけて業界を牽引するようになり、そのうち革命を起こしてくれるはずです。
意外かもしれませんが、いまの日本の人文系はどの業界も規模が小さいので、業界のトップに躍り出ることは難しくないんです。たとえば俺の周辺分野だと、「全国誌」と呼ばれるレベルの媒体に院生時代に2本も掲載されたら、それでもう全国トップレベル。だから1年くらいの指導で、そうなっちゃうこともあるんです。
――本書が東大・京大をはじめ、大学生協で最も売れていることが報告されているのをみると、実際に大学に通う学生に多く読まれているんだなと感じます。
阿部:本を読んでくれた人や、会社で指導している人が、論文が書けるようになり、研究が楽しくなっていくのを見るのは嬉しいですね。やっぱりアカデミック・ライティング本を読んだり、うちの会社に指導依頼をくれたりする人って、研究やりたいけど上手くいかなくて苦しんでいる人が多いんです。そういう人が俺に教わってスルスルと書けるようになると、「人生救われた」みたいな感想をいただくことも多いんですね。
もちろん感謝されたくてやっているわけではなく、もともと教えることが楽しいからやっていることではあるのですが、その感謝が発生することは何事にも代えがたいものがあります。その活動もまだ始まったばかりなので、今後の展開にも期待してください。
書籍情報
「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書」
著者:阿部幸大
発売日:2024年07月24日
出版社:光文社
定価:1,980円(税込)