杉江松恋×川出正樹×酒井貞道、2024年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議  ばらばらの候補作の中で1位となったのは?

いよいよ上位作品のランキングが決定!

杉江 5位以上にもう1席残っています。伝統的な冒険小説のおもしろさを評価するなら『両京十五日』でいいですし、ここでストレートな謎解き小説を入れてもいいのではないかとも思います。

川出 書評なんかでは触れられなかったのですが、『死はすぐそばに』には感心させられたんです。なるほど、それは盲点だよね、という箇所があって、よくそこに言及したな、と思いました。

酒井 『両京十五日』は冒険小説を伝統的な中国小説の語り口でやっている点が新しいんです。いわゆる武侠小説の要素もありつつ、オーソドックスな冒険小説でもある。しかも史実と虚構を絡めて壮大な絵図を繰り広げています。

杉江 同じく冒険小説の要素がある『精霊を統べる者』と比べるとどっちを取りますか。まったく種類の違う小説ですけど。

酒井 うーん、比べにくいですけど、『精霊を統べる者』のほうが、いわゆる謎解きとしてのミステリー度は上でしょう。

杉江 さっき、『身代わりの女』の下位に置いた『グッド・バッド・ガール』と『精霊を統べる者』はどっちでしょうね。

川出 『グッド・バッド・ガール』はかなり話が進んだところで、もう話の形は決まったかと思っていると、実は、という展開があります。あれは絶対に読めないと思います。その2作も比べにくいけど、本来の意味での警察小説らしさ、つまり警察官が探偵役を務めて謎を解いていくおもしろさが『精霊を統べる者』にはあるので、そちらを採りたいと思います。

杉江 なるほど。さあ、ここからですね。下位がだいたい決まったところで上位です。今残っているのは『身代わりの女』『魂に秩序を』『ビリー・サマーズ』です。『死はすぐそばに』は4位でいいでしょう。私の個人的な感想としては、好きな小説は『ビリー・サマーズ』、読み終わるのが惜しいほど楽しかったのは『魂に秩序を』、ミステリーとしての完成度を取るなら『身代わりの女』です。『身代わりの女』の技巧はすごいです。こんなことよくできたな、と思いますから。試しにこれを1位に置いてみますか。

川出 いいでしょう。そうすると『魂に秩序を』と『ビリー・サマーズ』のどちらを上にするか。奇しくも両方とも「前半何も起きないけど物語としておもしろい」という作品ですね。『ビリー・サマーズ』は前半が殺し屋の潜伏話で、『魂に秩序』は精神内に多数の人格が共生している登場人物の、それまでの人生を描いていく青春小説的展開ですから。

杉江 実は『ビリー・サマーズ』はどこのランキングでも2位だったんですよね。担当編集者は、実質1位みたいなものだと言っていました(笑)。難しいんですけど、『魂に秩序を』は序盤だけ目を通してミステリーじゃないと思って止めちゃう人がいたかもしれないので、上位にして後半はミステリーだということを保証したい気持ちがあります。まあ実質、この3作はどれが1位でもいいですよね。

酒井 ただまっとうなミステリーの要素は『身代わりの女』が強いですよね。話を蒸し返すようですけど、いい短篇集をなるべく上にしたいという気持ちがあるんですよ。だから『エイレングラフの弁護士』の5位と『死はすぐそばに』の4位を入れ替えませんか。さすがに3位の『ビリー・サマーズ』は抜けないか。

川出 あとは6位と7位ですか。

酒井 訳のわからないものがすっきり残るという意味では『グッド・バッド・ガール』を推したいです。個人的には過去でいちばん後味のよかったアリス・フィーニー作品なので、これを上にしたいです。

川出 後味の悪さでは定評のあるアリス・フィーニーなのに(笑)。

杉江 この作品からアリス・フィーニーを読み始めるといいですよね。では、これで順位決定です。割といい感じじゃないですか。

酒井 納得感はありますね。

杉江 ただ、奇しくも同じ出版社の同じ編集者が作った本が上位は並んでます(笑)。

川出 本当だ。でも偶然だから仕方ないでしょう。

 というわけで決定した1位から次点までの順位は以下の通りです。読書の参考にご活用いただければ幸いです。

1位『身代りの女』シャロン・ボルトン/川副智子訳(新潮文庫)
2位『魂に秩序を』マット・ラフ/浜野アキオ訳(新潮文庫)
3位『ビリー・サマーズ』スティーヴン・キング/白石朗訳(文藝春秋)
4位『エイレングラフ弁護士の事件簿』ローレンス・ブロック/田口俊樹訳(文春文庫)
5位『死はすぐそばに』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳(創元推理文庫)
6位『グッド・バッド・ガール』アリス・フィーニー/越智睦(創元推理文庫)
7位『精霊を統べる者』P・ジェリ・クラーク/鍛冶靖子訳(東京創元社)
8位『両京十五日』馬伯庸/齋藤正高・泊功訳(ハヤカワ・ミステリ)
9位『ボタニストの殺人』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
10位『喪服の似合う少女』陸秋槎/大久保洋子訳(ハヤカワ・ミステリ)

次点『魔女の檻』ジェローム・ルブリ/坂田雪子監訳・青木智美訳(文春文庫)

 議論の模様は以下のリンクからご覧ください。

リアルサウンド認定2024年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その1
リアルサウンド認定2024年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その2
リアルサウンド認定2024年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その3
リアルサウンド認定2024年度翻訳ミステリーベスト10選定会議・その4

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