競争激化する少年漫画界に生まれた“単純化できない”物語『竜送りのイサギ』令和の“王道漫画”となるか
「なぜ生かすのか?」人の感情は単純化できない
イサギがタツナミとの日々を思い、斬首の際に号泣するシーンに重なったのは、第2巻で登場する少女・ツバキの笠が風に舞い、泣きじゃくる顔があらわになったシーンだ。彼女の父・八雲蒼緋はタツナミが竜を斬ったとされる刀を強奪し、人斬りを繰り返していた。父の凶行を止めるため、刀の鞘としての役を担う自身をイサギに斬ってほしいと懇願する彼女は、斬られようとする瞬間に涙を見せた。そして、イサギに説得され生きて父と対峙することを心に決める。
イサギとツバキの両者が見せた涙は対照的であり、本作が「人の生死を描くなかで、単純化することのできない感情の発露」に筆力をこめている作品なのだということを表す名シーンだと感じる。
なぜ殺すのか。なぜ生かすのか。そうした重大な選択に過ぎる、イサギの持つ特殊能力である「斬った人間の過去が視える」という“サトリ”にも似るような、サブリミナルに点滅する個人の物語。主人公であろうと悪役であろうと関係ない、それぞれに抱える物語を編み込み、世界観に奥行きを与えている。
だからこそ、新たな人物が登場すればするほど「彼ないし彼女はどんな人生を歩んできたのだろうか」と傾いて作品に没頭したくなる。
生死にまつわるドラマが展開していく
現在発売中の第3巻では須佐家の面々が続々と登場し、こみいった内情が今まさに描かれ出そうとしているところで次巻へと続いたため、待ちきれないファンも多いだろう。
「竜が棲む世界で織りなす人間模様」。まもなく発売される第4巻でも、さまざまな人の生死にまつわるドラマが展開されるだろう。「竜送りのイサギ」は、名作たちが築いてきた系譜を受け継ぎながらも、令和の少年漫画としての魅力にも溢れた作品だ。眼前に広がり続ける罪と赦しの物語を、今後も見逃さずに追いかけていきたい。