速水健朗のこれはニュースではない:ビールのCMのタレントたち、どちらかというとワインを飲む層に見える
ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。
第19回は、ビールのCMのタレントたちについて。
文化戦争がビール市場でも勃発
ビールCMでうまそうに飲む人々を見なくなって久しい。「ごくごく」「ぐびぐび」という効果音SEを重ねる誇張表現が規制されたり、飲酒欲求を煽らないという基準が設けられたのは、もう10年近く前のこと。これらは、アルコール依存症者を刺激しない配慮であり、その認識を業界側が受けとめた結果でもある。ただ、すでにかなりの時間が経っている。10年でさらに自主的な表現規制が進み、ビールのCMそのものが、静かな生活の一部を切り取るような、抑制的なジャンルになってしまったのだ。
ちなみに日本のビール市場は、世界的に見ても特殊なもの。大手コングロマリットが上位を独占し、グローバルな波にさらされているビール市場で、日本だけは国内メーカーが上位を維持している。日本人は日本のビール。それをうまく伝えてきたのが、ビールCMだった。メーカー各社は、複数ブランドを持ち、それぞれにターゲット年齢やコンセプトを決めている。そして、ストーリー性のあるCMがシーズンごとに展開される。それは今も昔も変わらない。ただ今は、ストーリーが似通ってきた。
登場する男女は、夫婦でも恋人同士でもない。皆、見るからに都市のホワイトカラー層で、残業もなく早めに帰宅するタイプ。家でビールを飲むようにおつまみを買ったり鍋の具材を買って帰る。ただ彼らは、あまりビールを飲みそうな感じがしない。むしろワインを好みそうだ。
世界一のビールメーカーは、ベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ。そのトップ企業のブランドである「バドライト」がブランド別の売り上げの首位から転落したのは、2023年のこと。広告にディラン・マルバニーというTikTokerを起用したところ大炎上した。ディランは、性転換手術をポジティブに伝える動画で人気を集めるインフルエンサーである。
炎上はあらゆる角度から起きた。セクシャルマイノリティーを話題作りに利用することの是非、Z世代の新しい感覚を旧弊の広告会社がうすっぺらい解釈でマーケティング対象にしたことも炎上の要件。そして、それまでの「バドライト」の消費層もこのキャンペーンに反発し、不買運動に発展した。彼らにとってみれば、自分たちの求めているブランドイメージと違い過ぎたのだろう。そして、今のアメリカならではの文化戦争がビール市場でも勃発したのだ。
「バドライト」に変わって上位を競っているのが「ミケロブ・ウルトラ」と「モデロ」である。ミケロブはアンハイザーのブランドで、CMにはクリス・プラットが出演。『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のスターロード役を演じるクリスは、気取らないユーモアあふれるイメージ。趣味は狩猟だという。彼はビールが似合う1人。ちなみにもう一方の「モデロ」はメキシカンビール。日本でもなじみがあるのはコロナビールの方だが、それより深いテイストのビール。どちらにせよ、日本ではなじみの薄いブランドだ。