悦ネエはオールを漕ぐ手を止めないーー『がんばっていきまっしょい』映画版のノベライズに見る、踏み込んだ心情 

 SNSが発達したことで、周りからの承認が気になって、身動きがとれなくなっている現在の空気を、悦ネエはある意味で映したキャラクターかもしれない。だったら原作の『がんばっていきまっしょい』に描かれる悦ネエは違うのかというと、本質の部分ではアニメ映画と同じように迷う気持ちを抱えている女子高生だ。

 松山東高校に進学した悦ネエがボートを始めたのは、高校に入る直前に軽く家出をして行った浜で、海上を滑っていくボートを見て興味を持ったから。勉強が苦手で最初に入ったバドミントン部でも挫折した悦ネエは、自分の居場所を求めて男子部員しかいないボート部に潜り込み、ひとりで練習を始める。そこに他のメンバーが入ってきて、舵手付きナックルフォアという競技に臨めるようになるが、全国を目指して猛特訓に励むようなところはなかった。

 それが、新人戦で他校から「お嬢さんクルー」呼ばわりされたことで気持ちに火が着いた。OGにコーチを頼んで正しい漕ぎ方を覚え、一致団結して臨んだ大会で最下位を脱出するような活躍を見せる。アニメ映画で悦ネエたちがたどったものと同じ、みなでひとつのことに取り組む楽しさを知って、改めて走り出す青春の姿が、原作や1998年の実写映画『がんばっていきまっしょい』にも描かれる。

 原作とノベライズ、実写映画やテレビドラマとアニメ映画のどれからも、漂っている場所から一歩を踏み出す勇気であり、そのための道筋を得られるだろう。

 原作の『がんばっていきまっしょい』は、表題作のほかに「イージー·オール」という続編が収録されていて、そこで悦ネエは絶望しか抱けないような境遇に陥る。それでも逃げずボートのために頑張り続ける態度からは、同じボートを漕ぐメンバーだけでなく、人生に関わってくる人たちすべてを大きなボートに乗った仲間ととらえて、共に漕いでいこうと前向きになった悦ネエの心情が感じ取れる。

 『アニメ映画 がんばっていきまっしょい』では、そこまでの試練を悦ネエは経験していないが、もしも続きがあって同じような境遇に陥ったとしても、悦ネエがオールを漕ぐ手を止めることはなく、逃げ出すこともないだろう。自分から周りへ。そして周りから自分へ。「がんばっていきまっしょい!」というかけ声が飛び交う中で歩んでいこうとする悦ネエを、一番喜んでいるだろうヒメと共にまた見たい。

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