解読『ジョジョの奇妙な冒険』Vol.6
【解読『ジョジョの奇妙な冒険』】荒木飛呂彦はいかにして、あの独特なヴィジュアル表現に辿り着いたか[後編]
2つの芸術様式――マニエリスムとバロック
なお、「マニエリスム」とは、西洋の芸術がルネサンスからバロックへと移行する過程に存在していた、といわれる様式である。
「存在していた、といわれる」などという曖昧な書き方をしたのは、この芸術様式の評価が定まっていない時期が長く続いていたからで、「マニエリスム」という言葉が「マニエラ」(手法・様式)に由来するものであることからもわかるように、かつてはルネサンスの巨匠たちの「模倣」にすぎないと思われていたのだ。だが、ある時期以降――特に、前述のエル・グレコの再評価などに伴い、いまでは1つの芸術様式(それもとびきり特異な)だと認められている。
特徴としては、超絶技巧、歪んだ空間や極端な遠近法、「蛇状体」と呼ばれる曲がりくねった人体表現、象徴主義、装飾過多などがあり、まさに「荒木飛呂彦の“奇妙な”世界」をヴィジュアル化するにふさわしい芸術様式であるといえるだろう。
といっても、言葉だけではなかなかわかりにくいとも思うので、興味のある方は、後ほど、ブロンズィーノ「愛の寓意」や、パルミジャニーノ「長い首の聖母」などを画像検索されたい(本末転倒ではあるが、「なんとなく『ジョジョ』っぽい」と思うはずだから)。
また、「バロック」とは、「歪んだ真珠」を意味する言葉で、意図的にバランスを崩した人体や空間の表現、装飾過多など、マニエリスムとの共通点も少なくない(そもそもマニエリスムが、ルネサンスとバロックを繋ぐ様式であるから、当たり前といえば当たり前なのだが)。
バロックの特徴を挙げるなら、それは、強烈なキアロスクーロ(明暗対比)による、動的ないし劇的な表現ということになるだろうか。これは荒木の作品に限らず、現代の日本の漫画の「決めゴマ」のヴィジュアル表現にも通じる部分があると思うが、要するに、当時の西洋芸術の主流は『聖書』をモチーフにした絵画や彫刻であり、「神々の偉大さ」を教徒たちにわかりやすい形で伝えるには、超自然的でダイナミックな表現が求められたということだろう。
こちらは、カラヴァッジョ、ベラスケス、レンブラント、ルーベンスといった芸術家たちが有名である(人気のフェルメールもバロックの画家)。
現実と幻想の境目を曖昧にする、荒木飛呂彦のヴィジュアル表現
いずれにせよ、こうした現実と幻想の境目を曖昧にする、マニエリスムやバロックのスタイルを作品に取り込むことで、『ジョジョの奇妙な冒険』第3部以降、荒木の「絵」は「劇的」に変わっていった(第1部と第2部では、まだ試行錯誤の時期が続いていたのだろう)。それはもちろん、彼が時代のトレンドを追うのではなく、確かな「マニエラ」に支えられた、古(いにしえ)の芸術様式に目を向けるようになったからに他ならない。
そう。いつの世も、古いものの中にこそ「新しさ」はあるのだ。