立花もも 新刊レビュー 昭和最大の謎に迫る長編、“今どき”ではない謎解き……サスペンス・ミステリー4選

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)

五条紀夫『私はチクワに殺されます』(双葉文庫)

五条紀夫『私はチクワに殺されます』(双葉文庫)

  東京練馬区の借家で首を吊って死んでいた男と、別室で数十か所を刺されて死んでいた妻。普通に考えれば、何らかの揉め事が起きて男が妻を刺し殺したということだろうが、部屋のあちこちに数千本、いや数万本のチクワが散乱していて、腐敗臭を放っている。そして〈私はチクワに殺されます〉という一文から始まる男の手記。隠語でも暗号でもなく、正真正銘、食べるあのチクワ。手足がはえて襲い掛かってくるわけでも、口の中に毒入りを押し込められるわけでもない。ただ、チクワの穴を覗き見るとその向こうにいる人の死ぬ姿が見えて、それからまもなく、そのとおりの姿で命を落としてしまうのだという。

……いや、うん、よくわからんな! とツッコミを入れつつ、文章の迫力におされて読み進めてしまうのだ。それが真実なら、チクワのあるところ死体ありといった感じで、全国各地で人が死んでしまうではないか。世界の真理に気づいてしまったその男(首吊り)も、同じことを考えた。だから、チクワを覗いたことによって人を死なせてしまった罪悪感を抱えながらスーパーでチクワの番人となり誰にも買わせないよう務めを果たし始めるのである。

  言っておくが、ギャグではない。純然たる狂気だ。どう考えてもこの男の精神が壊れてしまっていて、妄想を読まされているだけなのだと思うのに、もしかしたら本当にそういうことはあるのかもしれない、と思わされもする。そして数々の悲惨な死をまのあたりにしたあと、みずから首を吊った男の娘の独白によって、物語はさらに二転三転と真実の姿を変えていく……。

  笑えるのに、怖い。そして、あらすじを聞くとばかばかしいのに、ミステリとして非常に巧みな小説でもある。読み終えたあとはチクワを食べたくなるし、覗きたくもなる。でもその穴の先で本当に誰かが死んでしまったらどうしよう、と思うとおそろしくて、ちょっとひるんでしまう。

荻原浩『笑う森』(KADOKAWA)

荻原浩『笑う森』(KADOKAWA)

  5月刊行作品なので、新刊というのにはちょっと古いのだけど、最近読み返してしみじみよい……と思ったので改めて紹介することにする(あと、もっともっと話題になっていいと思う!)。

  樹海で行方不明になった5歳の真人。1週間たってようやく見つかった彼は、衰弱していたものの命に別状はなく、本人のものではないどころか、あきらかに大人の赤いマフラーを巻き付けているなど、誰かと会ったような痕跡があるのに、名乗り出るものは一人もない。ASD児で、同年代にくらべて話すことが得意でない真人は、ただ「クマさんが助けてくれた」というだけ。いったい樹海で何があったのか? 助けてくれる人があったならば、なぜすぐに通報し、樹海から連れ出してくれなかったのか?

  名乗り出るわけにはいかない、しかし幼い子供を見捨てることもできない大人たちがいかなる事情を抱えて樹海に足を運び、そして真人と出会ったのか。その出会いが何をもたらしたのか、現在と過去の描写が交互に織りなされるうち明かされていく。これがただの謎解きにとどまらず、発見後の真人が口にするようになっていた奇妙な言葉の意味や、失踪前では考えられなかった行動をとるようになった理由もまた、同時に描かれていき、幼い子どもの冒険譚としての像が浮かびあがっていくさまも見事なのである。

  その事実を解き明かしていくのは、真人のおじ(父の弟)にあたる保育士の青年・冬馬だが、シングルマザーである真人の母・岬に対する誹謗中傷を訴えるべく、現実で彼らが戦う姿もまた同時進行で描かれていくのもよい。「えっ、おまえだったのかよ!」という驚きと、「なんだその勝手な理屈は!」という怒りが芽生えるだけでなく、つい彼らに心を寄せそうになってしまう瞬間がちらほら描かれるのもまた、荻原節。

 「クマ」の正体が明かされたとき、そして冬馬の想像にすぎないけれど、真人がどんなふうにひとりで樹海を生き抜いたかを想像するとき、胸がぎゅっと締めつけられる。こんなにもあたたかくて切ない小説を久しぶりに読んだ。繰り返しになるが、もっともっと話題になっていいと思う!

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