町田康「必死になにかをやっている人間って、滑稽じゃないですか」 下ネタだらけの古典『宇治拾遺物語』が映し出す人間の本質

古典を通して見える、変わらない人間の本質

──古典に取り組むことにおいて、気をつけていることはありますか。

町田:今の感覚で昔の人を見るじゃないですか。そうすると、すぐ迷信の世界に入って、科学とか知らんから、なんか無知な人たちのように思ってしまうんですけど、それはかなり危険なことやなって思います。今だって、昔はこうやった、ああやったって話してますけど、やっぱりそれって、僕らどっぷり現代に浸りきった感覚で昔の話をしている。今の立場から見るってまず意味がないし、昔のものを読むときに解釈を間違えるかなって感じがします。それって客観的に見ているようで、実はものすごく主観的に見てる。

 ぜんぶ俺は知ってる、その後どうなるか知ってるって立場で見ると、そんとき生きてた人間のリアルな動態というか、人の意識っていうのは、わからんようになるんちゃうかな。自分だって今に毒されてますから、もちろん完全に今から免れることはできないですけど。

──町田さんにとっての古典の魅力とはなんでしょうか。

町田:昔の言葉が好きっていうのはありますね。使われている言葉が好き。それは音楽で言うたら、もう音色が好きみたいな。どんなことやっているとかあんま関係なくて、このサウンドが好きみたいな。例えばバイオリンやったら、バイオリンの音が好きみたいな。その人がなにやっていても、この音が聞きたいねん、この人の声が好きやねんっていう意味で、古い言葉が好き。意味わからん。でも、好き。読んでたいっていう。猫おったら撫でたいみたいな、なんかそんな感じです。

──そういうのもあって、古典に取り組むようになった。

町田:今が面白くないっていうのもあります。昔の方が面白い。小説って、なにもなしに書けるものではなくて、この事柄おもろいやんって思える題材というか、材料というか、人の振る舞いっていうのがあって、それを書きたいっていうのがあるんで。そういうのが今のものはあまり好きやないって言うんですかね、そそらないって言うんですか。

 例えばなにか事件がありますよね。それを書こうとしたときに、なんか動機がわかりやすすぎるんですよ。ものすごく欲望と近いっていうか。三島由紀夫の『金閣寺』で言うと、主人公が金閣寺を燃やす動機って、心の中にあるもんやから、複雑でわかりにくいですよね。でも、それが三島由紀夫の心の中にあったものと響き合って、ああいう小説が生まれた。

──現代人の動機は欲望と近い?

町田:売れたいとか、出世したいとか、みんな普通に言うでしょ。僕らからしたら、売れたりとか、人気出たりとか、出世したりとか、金を儲けたりとか、おもろないんですよね。そんなんやったら、別のことやったらええやんと思うんですけど。

──最後の質問です。『義経記』、『宇治拾遺物語』、『古事記』と、これまでいろいろな古典を訳してきて、現代人に通ずるものはなにか感じましたか。

町田:『古事記』と『宇治拾遺物語』ではだいぶ時代が違いますけど、『古事記』で言えば、やっぱり生きていると自然災害とか、地震とか、ありますよね。この地域(※)も何年か前に土砂崩れがありました。そういうのを見て、古代の人が感じていた畏怖する心とか、闇を恐れる心、死を恐れる心というのは、現代の人間にも消えていないなっていうのは、改めて思いますね。

 だから、いろんなことがわかったとしても、これから先に技術、テクノロジーが発達して私たちの生のあり方っていうのはいろいろ変わっていくんでしょうけど、そういう恐れる心というものはあまり変わらないんだなって思いますね。

※「この地域」……町田氏が在住する静岡県熱海市のこと。2021年に大規模な土砂災害があった。

──なにかを畏怖するという概念は、古代から変わっていない。

町田:うん、概念なのか、感覚なのか、よくわかりませんけど、そんな風なことを考えます。

■イベント情報

町田康さんが、『うん古典』(新潮社)などの著作で知られる古典エッセイストの大塚ひかりさんと『宇治拾遺物語』について語り合うオンライントークショーを開催します。配信チケットはblueprint book storeにて販売中。
イベントの詳細はこちら→https://realsound.jp/book/2024/08/post-1761048.html

町田康×大塚ひかり『宇治拾遺物語』オンライントークショー
出演者:町田康、大塚ひかり
日 時:9月13日(金)19時〜
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信
配信期間:9月13日(金)19時〜2024年9月27日(金)23時59分(アーカイブ視聴可)
配信チケット価格:1500円
文庫『宇治拾遺物語』付きチケット価格:2000円
チケットのご購入はbluerpint book storeにて→

■書籍情報

『宇治拾遺物語』(河出文庫)
翻訳:町田 康
価格:880円
発売日:2024年4月8日
出版社:河出書房新社

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