『たぶん私たち一生最強』小林早代子 インタビュー “女4人のルームシェア”の先にある視点

 20代後半にさしかかり、結婚や出産など人生の選択を迫られるようになったなか、高校時代の友人同士で暮らすことを決めた花乃子、百合子、澪、亜希の4人。恋愛も男も人生に必要だと思ってはいるけれど、一生一緒に暮らすなら女友達のほうがよくない? 迷いながらも幸せに向かって道を選択し続ける彼女たちのルームシェアを描いた、小林早代子さんの『たぶん私たち一生最強』(新潮社)。著者にとって6年ぶりとなる今作の創作裏話を伺った。(立花もも)

SNSでの架空の投稿が作品づくりのきっかけに

「くたばれ地下アイドル」で、第14回「女による女のためのR-18文学賞」を受賞した小林早代子さん。本作は待望の二作目

――長年つきあった恋人との別れを引きずる花乃子が「女友達と暮らしたい!」と酒を飲んでくだをまくシーンから始まる本作。その実情を描いた花乃子視点の第4話「よくある話をやめよう」が、いちばん最初に雑誌に掲載されたエピソードですよね。

小林:2018年に『小説新潮』で行われた官能特集に寄せて書いたものなので、テーマはセックスレス。当時はルームシェアという構想はなかったんですけど、思い入れのある1編だったので、どうしてもそのままにしておけなくて。その後の花乃子を主人公に、第1話にあたる「あわよくば一生最強」を書いたとき、4人の連作短編集にしようという方針が決まりました。

 私自身も20代後半だったので、まわりの友達がどんどん人生の大事な決断をしていくなかで、プレッシャーを感じていたんですよね。ずっと変わらず、女友達と楽しく過ごしていたい、一生一緒に暮らせたらいいのに、って思っていたことが投影されています。

――小林さん自身、ご友人とのルームシェア経験があるそうですね。

小林:はい、この小説と違って2人だけで。しかも賃貸契約が更新されるまでの2年という期間限定でしたけどね。実はこの小説を書き始める前、友人だけに公開しているTwitter(現X)のアカウントで、友達4人でルームシェアをしているという妄想ツイートを投稿し続けていた時期があるんですよ。なんだか人生にいろいろ疲れてしまって、友達4人で住んでものすごく楽しい人生を送っているという虚構の世界をつくって浸っていたんです。

――そのお友達というのは実在する方?

小林:そうですね。なのでその友人たちは、私が変なことを言ってるなあ、と思いながら眺めていたと思うんですけど(笑)。それ以外の人たちは、ふつうに、そうなんだ~って信じていて。そのうち「あわよくば一生最強」を書き始めて、プライベートでもフィクションでもルームシェアのことを考え続けていたら、4人のうちの1人が「もういっそ本当に一緒に住もうか」と声をかけてくれました。

――なるほど。

小林:すみません、意味がわからないですよね(笑)。この話はしないほうがいいかな、とも思ったんですが。

――ちょっとびっくりしましたが(笑)、でも、現実とは違う自分をSNSにつくりあげて浸りたくなる気持ちはわかります。そうすることで自分の心を逃がしたくなるというか……。

小林:そうなんです。ちょっと、心が安らかになるんですよね。SNSでは「これはこの人の本当の人生ではないな」というのが透けてみえるアカウントは少なくないですし、実はそんなに珍しいことじゃないのかな、とは思います。収益化のための釣りであることも多いと思いますが、私は趣味として楽しんでいました。

――その嘘が、今作にも生きているわけですしね。

小林:いちばんの収穫は友達が本当にルームシェアしてくれたことですけどね。投稿を見返すと、やっぱり、本当にルームシェアをし始めてからのほうが楽しそうだなと思いました(笑)。あ、でも、3話「ニーナは考え中」は、私が投稿した「一緒に暮らしている友達が姪っ子を連れてきた」という妄想ツイートがもとになっています。けっこう気に入っているエピソードだったので、それで一本、小説を書いてしまおうと。

誰しもに「これでいいんだろうか」と不安になる瞬間があるのではないか

――本作のプロローグでは、4人全員がひとりの赤ん坊の母親になるという場面が描かれていて、どのような物語を経てそこにたどりつくのか、気になりながら私たちは読み進めていきます。3話は、4人がその決断をくだすための、大事な一歩でもありましたよね。

小林:思春期の娘を育てている同世代の第三者が登場することで、4人はそれぞれ「このままでいいんだろうか」という迷いを抱いたと思うんですよ。でもたぶん、同じことを姪っ子の母親……澪の義姉である玲奈も思ったと思うんですよね。結婚して、子どもを産んで、それはとても幸せなことだけど、真逆の道を楽しそうに突き進んでいる澪たちをみると、ふと、これでよかったんだろうかと不安になる瞬間があったのではないかと。

――ないものねだりをしてしまうというか、お互いに羨ましくなってしまう瞬間って、ありますよね。対立でも分断でもなく、ただ、私にもこういう道がありえたのではないか、と夢想してしまう。

小林:女同士のマウンティングをみんなおもしろがるけれど、現実には、マウントをとらないように細心の注意を払っている人たちがほとんどだと思うんです。婦人科系の病気になったことを澪が黙っていたのは玲奈に気を遣わせないためだし、ついカミングアウトしてしまったのは、気を許してしまう瞬間があったから。でもそれを聞いた玲奈は「子どものことを話すのは悪い」と逆に引いてしまう。互いに相手を思いやった結果、距離が生まれてしまうことってあるよなあ、と思いながら書いていました。

――これ自慢になるかな、マウントになっちゃうかな、と思うと、何も言えなくなるんですよね。決して相手を馬鹿にしたり低く見たりしているわけではない。

小林:そういうことを、この小説を書くときには意識していた気がします。ルームシェアの小説なのに4人が揉める場面がないね、という感想をもらったこともあるんですけど、良くも悪くも女性は気を遣うことを人間関係で叩き込まれていくから、そうそう揉めるような事態にはならないんじゃないかと思っていました。仕事でもプライベートでも、女の人が集まっていると、気づいた人がやるタイプのタスクが、あんまり溜まらないなあと思うし。

――考えてみれば、男女の関係が破綻するきっかけって、気を遣わなくなりすぎることが多いですよね。2話で百合子が「私たちのあいだにセックスがあったらどうなっていたかな」と問う場面がありますが、体を重ね合わすことのない、隔たりのある他人だからこそうまくいくことがあるんじゃないかな、とお話を聞いていて思いました。

小林:カップルだったら、深刻な喧嘩をしてもセックスすれば仲直りできるかもしれない。血のつながりがあれば、それを担保になんとなく繋がり続けることもできる。でも友達同士は、気を遣い合うことでしか関係を続けていけないんじゃないかと思ったりもします。

 といいつつ、私はあんまり気を遣えないタイプなんですけど(笑)、どんなにあけすけに話をしていても、人として最低限の礼儀は守っているし、なんでもありというわけじゃないという空気感は、伝わっていたらいいなと。

――ああ、たしかに4人の空気感には、そういうものがありますね。仮に誰かが家事を一手に引き受ける場面があったとしても、他のことで埋め合わせて、バランスをとろうとするんじゃないかなと。

小林:そういう日常的な気遣いを全員がしているはずだ、というのは書いていないけど意識していました。だからもちろん、息苦しいなと思う瞬間もあるだろうし、亜希のように「楽しいけど疲れる」と思ってしまうこともたくさんあると思うんですよ。どんなに仲が良くても、自分より恵まれたように見える友達と自分を比べてコンプレックスを抱くことはあるし。

 作中にも書いたように、台風の夜に家に友達がいてくれるだけで心強い、という安心感の裏側にあるネガティブな感情も、一緒に描きたいなと思っていました。そういう意味で、亜希はじわじわと私のなかで重要なキャラになっていきましたね。

ルームシェアの安心感の裏側にあるネガティブな感情も、一緒に描きたかった

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