宇多田ヒカル×小川哲対談の注目ポイントは? 文学・音楽への理解を深める“言葉”への哲学的な問いかけ

■宇多田ヒカルの新曲「何色でもない花」のメタファー

  そんな抽象的なことを言われても……という方はぜひ、ベストアルバム「SCIENCE FICTION」に収められた新曲「何色でもない花」を聴いてみてほしい。6/8拍子と4/4拍子を行き来するリズムアレンジを取り入れたこの曲は、バロック音楽、R&B、トラップを融合させた(としか言いようがない)トラックのなかで彼女は、〈自分を信じられなきゃ/何も信じられない〉と歌っている。「何色でもない花」とはおそらく、形のない思い、伝えたいことのメタファーだろう。

  創作の核である“伝えたいこと”は言葉やメロディを与えない限り、誰にも受け渡すことはできない。その不確かさを信じる力こそが必要なのだが、常に信じ切ることは難しいーーそんな感情の揺れを描いたのが「何色でもない花」であり、この曲の在り方は「SFマガジン」誌上の宇多田のコメントにもつながっていると思う。

  幼少期から様々なジャンルの本に親しんできたという宇多田ヒカル。なかでも好んで読んでいたのがSFやファンタジーで、J・R・R・トールキンの作品、「エルマーのぼうけん」などに夢中になっていたのだとか。2018年12月に開催された「宇多田書店」(彼女が勧める書籍を集めた企画)でも「一九八四年」(ジョージ・オーウェル)、「アルジャーノンに花束を」(ダニエル・キイス)、「AKIRA」(大友克洋)などのSFの名作がラインナップされていた。

  ベストアルバム『SCIENCE FICTION』のもう一つの新曲「Electricity」は彼女のSFへの造詣の深さが感じられる楽曲だ。浮遊感と疾走感を共存させたサウンドメイク、リスナーの予想を気持ちよく裏切る展開など、独創的なクリエイティビティが存分に発揮された楽曲だが、“地球に移り住んだ宇宙人が恋に落ちる”という歌詞の世界はまさにSF。特に〈愛は光 愛は僕らの真髄/私たちの細部に刻まれた物語/この星から文字が消えても終わんない〉という一節は、地球で生きる人々への愛、“まず思いありき”という彼女の姿勢が感じられ、心を揺さぶられる。

  アルバム『Fantome』収録の「夕凪」とロシアの作家ウラジミール・ナボコフ『青白い炎』にまつわるエピソード(NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、作詞に煮詰まった宇多田が「青白い炎」を朗読する場面があった)、アルバム『Fantome』の収録曲『荒野の狼』の題名がヘルマン・ヘッセの『荒野のおおかみ』から取られていることなど、文学と宇多田ヒカルの音楽の関係はきわめて強い。彼女が読書歴を辿ったり、フェイバリットに挙げる書籍を読み解くことは、音楽をより深く味わうための一助になるはずだ。

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