映画監督、プロデューサー、心理学者は「高畑勲作品」をいかに解読したかーー第2回新潟国際アニメーション映画祭レポート
『アルプスの少女ハイジ』『セロ弾きのゴーシュ』『火垂るの墓』『かぐや姫の物語』といった作品で知られるアニメーション監督、高畑勲について特集する上映が3月15日から20日まで開催の第2回新潟国際アニメーション映画祭で行われた。会期中にプロデューサーや識者が高畑監督について語るトークも開かれ、作品へのこだわりや映像に秘められたメッセージなど、高畑作品を“読解”する上で大いに役立つ話が繰り出された。
「2行目から目線が動かないんです」。2013年に公開されて高畑勲監督の最後の作品となった『かぐや姫の物語』の企画中に脚本として参加していたサラマンダーピクチャーズ代表の櫻井大樹は、17日に開かれたトークイベント「高畑勲の『かぐや姫の物語』とそれ以後」で、書き上げた脚本を見せた時の出来事をこう振り返った。「『竹の節が光って切ったら中に姫が入っていることなんてあるんですか』と言われました」
『竹取物語』では当たり前すぎる設定だが、高畑監督はその段階から考えることを要求する。中に人が入れそうなほど太い孟宗竹は、『竹取物語』の舞台となった時代にはまだ日本に広まっていなかった。真竹の太さに収まる人は虫ほどのサイズになってしまう。そういった言及がない脚本は「何も考えていないのか、となるんです」。結果、『かぐや姫の物語』ではタケノコの皮が開いて中から姫が出てくるような演出になった。
高畑作品は、細部にいたるまで何らかの検討がされていて、描かれているものには必ず意味があるといったことを伺わせるエピソード。こうした厳しさに触れた人は、誰であろうと変わらざるを得ない。「高畑監督と接する前と接した後では違う人間になるんです。その影響下にある人はたくさんいます」と櫻井。そうした“高畑イズム”を引き継ごうとするクリエイターを支え、作品作りを実現できる場を作るために、サラマンダーピクチャーズを立ち上げたと話した。
「高畑勲の『かぐや姫の物語』とそれ以後」には、櫻井と共に、『かぐや姫の物語』でプロデューサーを務め、スタジオジブリ退社後はスタジオポノックを設立して『屋根裏のラジャー』を手がけた西村義明プロデューサーと、スタジオジブリで『おもひでぽろぽろ』『平成狸合戦ぽんぽこ』『ホーホケキョ となりの山田くん』といった高畑作品の制作を務めた高橋望が参加した。
特に西村は、企画が立ち上がある以前から高畑監督に寄り添い、14年ぶりの長編アニメ映画となる『かぐや姫の物語』を完成まで持って行った立役者。その間の苦心は相当なもので、鈴木敏夫プロデューサーから高畑番を命じられて週に6日は高畑宅に行き、午前中から深夜近くまで話し相手になって、様子をうかがってきたという。
もっとも、「2年くらいやってもプロットもない。書きましょうかと言うとまだ早いと言われて一向に進みませんでした」と西村。そもそも監督をすることに同意を得た訳でもない状態で、「自分は何をしているんだろうという気持ちになりました」。
『火垂るの墓』を100回観て、スタジオジブリに行くことを決めたほど、高畑勲監督を尊敬している西村だから付き合えたが、それでも一向に進まない状況に、鈴木プロデューサーも怒り出す。同期の人たちは現場で活躍して名前をあげていく。いよいよ覚悟を決めて、「僕は映画が作りたいんです。アニメーションであればいいなら世界一のアニメーション作家は宮﨑駿です。でも世界一のアニメーション映画監督は高畑勲です。映画監督をやってください」と告げると、高畑監督は「『わかりました。やりますよ』と言ってくれました」。
そして、次の日から制作が始まったかというと「何も変わらなかったですね」と西村。竹の描写ひとつにもこだわる高畑監督だけに、設定から脚本から作画からあらゆる面を満足のいくものにしようとして、完成までに何年もかかることになった。「田辺修さんでなくては作らないと言うんです」。『ホーホケキョ となりの山田くん』で後に『屋根裏のラジャー』を監督する百瀬義行と絵コンテ、場面設定、演出を担当したアニメーターだが、決して筆が速いほうではなかった。
どうにか頼み込んで描いてもらった絵を、高畑監督に見せると、「『うまいですね』と言いつつ、『アニメーションは集団作業で、あなたひとりが上手い絵を描いてすむものではない。こういう凄い絵をあたなが描いても、そんなことで映画が完成するはずなない』と怒り出すんです」。怒られた田辺はたまったものではなかっただろう。
ただ、全体が同じだけのクオリティを持ったものではないと、映画として良い物にはならないという意識があったことは感じられる。高畑作品に染み渡る完璧への探求を、これまでの作品を見返すことで改めて感じたくなるエピソードだ。
櫻井と同様に、西村にも高畑監督から得たものはあった。映画や音楽や小説が動乱の中で社会に影響を及ぼしていた時代が遠ざかり、今の時代にどれだけの力を映画が持っているか怪しまれる状況にあるという。そして、「高畑さんは今なら僕と世界の情勢について長いこと話しているのでは」と推測する。「面白ければ良いという感情に対して、理性に対するシンパシーを感じていたのが高畑監督」なら、今の社会と切り結ぶような作品を作ったかを想像する。
「アニメは表現の下にメッセージを隠し持たせることができます。高畑さんはその構造に自覚的でした」と西村。そして、「分極化している世界をどう観るべきかに行ったのではないでしょうか」と話しつつ、その意識を受け継いでいく考えを示した。「僕は頭の中に高畑さんのAIを持っていて、脳内実験的に高畑さんと会話をし続けているんです」。そんな西村が率いるスタジオポノックから、今後どのような作品が登場してくるかが気になるところだ。