松村邦洋が語る、100万部突破の時代小説「三河雑兵心得」シリーズの面白さ 「足軽の立場から見た家康はまた違う」
井原忠政の人気歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズ(双葉文庫)が、2023年7月にシリーズ累計100万部を突破した。2020年2月に発売の第1巻『三河雑兵心得 1 足軽仁義』から順調に巻を重ね、2023年9月13日には待望の新刊『三河雑兵心得 12 小田原仁義』も刊行される予定だ。
同シリーズは、家康の天下取りを“雑兵からの視点”で描いた斬新な切り口が話題となり、2020年と21年の2年連続で「時代小説SHOW」文庫書下ろし部門で第1位、さらに「この時代小説がすごい!2022年度版」(宝島社刊)文庫書下ろし部門で第1位を獲得するなど、各方面から高い評価を得ている。
時代小説に新風を吹かせた「三河雑兵心得」シリーズの魅力を、歴史好きとして知られるタレント・松村邦洋氏にたっぷりと語ってもらった。(編集部)
ひと口に「足軽」と言っても、いろんな役割がある
――「三河雑兵心得」シリーズを読んで、どんな感想を持ちましたか?
松村:こういう出世物語は、やっぱり面白いですよね。三河の田舎で生まれ育った少年が、弟を守るための喧嘩で運悪く相手を死なせてしまって。それで村にいられなくなって、伝手を辿って地元の殿様のもとで槍働きをするようになり、そこで成長しながら徐々に出世もしていくという。その過程をつぶさに知ることができるのが面白かったです。
――本作の主人公「植田茂兵衛」は架空の人物ですが、三河の植田村を出たあと「夏目次郎左衛門(吉信/広次)」に仕えるようになります。そこでいきなり、三河一向一揆が起こるという。
松村:そう、三河一向一揆……今年のNHK大河ドラマ『どうする家康』でも描かれていましたね。あのドラマで関水渚さんが演じていた「田鶴姫」だったり、岡崎体育さんが演じていた「鳥居強右衛門」だったり、それまであまり馴染みのなかったような歴史上の人物たちも、この小説にはちゃんと登場している。だから、日曜日に『どうする家康』で、家康視点というか、三河の役員クラスの人たちの動向を観て、「その頃、その末端にいた人たちは、どんな感じだったのかな?」って、この「三河雑兵心得」シリーズを読む。今だったら、きっとそういう楽しみ方もできると思います。
――まさに、そういう感じで読み進めていました(笑)。ちなみに茂兵衛は、大河ドラマ『どうする家康』では甲本雅裕さんが演じていた夏目次郎左衛門に仕えたあと、「本多平八郎忠勝」と運命の出会いを果たします。
松村:そのあたりも面白いですよね。茂兵衛っていうのは、いわゆる「気はやさしくて力持ち」タイプじゃないですか。ちょっと不器用なところもあって。だから、主従という関係ではありますけど、本多忠勝と気が合うところがあったというか、同じタイプだったのかもわからないですよね。忠勝と言えば家康の家臣団きっての武闘派で、百戦錬磨の怪我知らず……阪神タイガースで言ったら、金本(知憲)さんみたいな人ですから(笑)。なので、同じ本多でも、本多正信のような官僚タイプより、忠勝のような闘将タイプのほうが、気が合うんですよね。まあ、たまに殴られたりはしますけど(笑)。
――(笑)。
松村:そんなふうに百姓出身の少年が、足軽になって、旗差足軽になって、足軽小頭になって……ひと口に「足軽」と言っても、いろんな役割があるんだなと本作を読んで思いました。ただ、足軽っていうのはやっぱり大変ですよね。なにせ馬に乗れないですから。上の人に「行くぞ!」って言われたら、どこに向かっているのかわからなくても、とりあえずついていくしかない。そういう足軽の実態がわかるのも、本作の面白さです。
また、本作を読んでいて印象的だったのは、その「戦い方」ですよね。一応、足軽は長槍を持っていますけど、槍って普通は刺すものだと思うじゃないですか。でも、基本的には叩くものであるという(笑)。そういう描写もリアルでした。
――その描写は、結構よく出てきますよね。槍で思いっきり叩かれて、脳震とうを起こしたり。
松村:そうそう(笑)。そもそも刀っていうのは、ひとりふたり斬ったら刃こぼれしたり曲がったりして、もう使えないものなんですよね。だから、昔の時代劇のように一本の刀で何十人も斬り捨てるなんて、実際は無理なわけ。だから、現実は「三河雑兵心得」シリーズみたいな戦い方をしていたはずです。まずは弓と鉄砲で相手を攻めて、そのあと槍を持った足軽が突っ込んでいくという。刀なんて、ギリギリの接近戦になるまで抜かないですから。そういう「足軽の戦い方」みたいなものは、この小説を読んで非常に勉強になったポイントです。あと、茂兵衛が仕えるのが家康の三河家臣団だっていうのが、やっぱりいいですよね。僕も足軽になるんだったら、三河家臣団がいいですもん。
――というと?
松村:三河の人たちって、褒美や領地目当てで動いてる感じがあまりしないじゃないですか。ちゃんと家康を守ろうとしているというか、家康と一緒に成長していっているようなところがあって。そのへんが、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出てきたような、鎌倉の武士団とは違いますよね。鎌倉の人たちは、「御恩と奉公」っていうぐらいで、「これをやったら、どれだけ領地がもらえるんだ?」とか、そのあたりのことを結構気にしていて……。
――信長の家臣団や、秀吉の家臣団も、そのあたりはシビアですよね。だからこそ、いつ誰が裏切るかわからない緊張感がある。家康の家臣団は、代々仕えてきた「譜代」が多いということもあり、そこは少し違いますね。
松村:はい、家臣たちの団結力が違う印象です。まあ、三河一向一揆のあとに出奔して、いつのまにか家康のもとに戻ってきた本多正信みたいな人はいますけど(笑)。あと、石川数正か……数正に関しては何が本当なのかわからないですけど、この小説の中では家康のもとを去って秀吉のほうに行った「本当の理由」もちゃんと描かれていて、あの解釈は見事でした。やっぱり家康の場合は、家臣団に絆みたいなものがある。茂兵衛も結局、家康のことは裏切らず、途中で織田信長の息子の信忠に声を掛けられたりしながらも、ずっと家康の側にいます。
――そうですね。ただ、譜代が多いがゆえに、百姓出身の茂兵衛は出世していくにつれてまわりの人たちから軽んじられたり、ちょっと疎まれるようなところもあって。そのあたりの「出自の壁」みたいなものも、結構リアルですよね。
松村:やっぱり三河家臣団から秀吉は生まれないというか、信長のところにいたからこそ、百姓出身の秀吉があそこまでのし上がっていけたんだなと思います。ただ、あんまり出世して魑魅魍魎の世界に足を突っ込んで人間味を失ってしまうよりは、心の綺麗なまま終わるのもいいかもしれないですよね。まあ、まだ続いているシリーズなので、今後どうなっていくのかわからないですけど(笑)。史実がある以上、架空の人物である茂兵衛をどこまで出世させるのか、そしてそれをどう読ませるのかも、著者の井原忠政さんの腕の見せどころでしょうね。