『ONE PIECE』は“感謝”の物語? 尾田栄一郎がこだわる「ありがとう」というストレートな言葉

 「週刊少年ジャンプ」での連載が最終章を迎え、大きな盛り上がりを見せている『ONE PIECE』。現在は作者の尾田栄一郎氏が目の治療のため休載に入っており、コミックスでこれまでの物語を振り返っているファンも多いだろう。

 そんななかで、読み慣れたストーリーに新たな発見がもたらされることがある。例えば、コミックス86巻に収録された質問コーナー「SBS」のなかで、読者が指摘した「感謝したりお礼を言うときに、どんな口調のキャラクターも『ありがとう!』をつかっている」ということ。これを念頭に読み返してみると、なかなか面白い。

 確かにぶっきらぼうな印象があるゾロでさえ、奪われた刀を蹴って寄越したナミに対し、「お礼は?」と促された結果ではあるものの、「ありがとう!!」と応じている(33話)。ちなみに心の声は「助かった…!!」と書かれており、こちらの方がキャラクターに合っているようにも思えるが、尾田氏は「ゾロなんか特に、照れて言葉をかえそうなキャラクターですけどね。ぼくからしてみれば、そういう時にカッコつけて言葉をにごす様な奴は、逆にカッコ悪いと思いますので、セリフの流れとして相当変にならない限り、一番ストレートな『ありがとう』と言って貰う事にしてます」と、こだわりを明かしている。

 考えてみれば、ルフィの兄ポートガス・D・エースによるファンの心に残る名言として「愛してくれて………ありがとう!!!」があり、役目を終えたゴーイング・メリー号の“最後の言葉”も「今まで大切にしてくれて どうもありがとう」だった。麦わら一味が司法の島「エニエス・ロビー」からニコ・ロビンを救い出し、一息ついたところでじんわりと感動を広げたのも「みんな!! ありがとう」という素直な言葉。『ONE PIECE』には悲惨なエピソードも少なくないが、最終的に怒りや悲しみより「感謝」にフォーカスされているからこそ、読後感が爽やかなのかもしれない。

 さて、そんな「ありがとう」という言葉がタイトルになった回がある。原作の548話で、「インペルダウン編」のクライマックスだ。

 兄のエースを救い出すため、深海の大監獄であるインペルダウンに潜入したルフィ。かつての敵たちとも共闘しながら最下層を目指すが、エースはすでに処刑場へと運ばれていた。なんとか“脱獄”をはかり、船に辿り着くも、外海に出るために突破しなければならない巨大な「正義の門」が立ちはだかる。この窮地を切り抜けるためには、誰かが監獄の中に残って門をこじ開ける必要がある。そして、全てを背負ってルフィたちを送り出したのは、敵として出会い、友情を育んできたボンちゃんことボン・クレーだったーー。

 という回で、電伝虫を通じて、応答しないボンちゃんにルフィが呼びかけ続けるシーンが印象的だ。ルフィは当初、ボンちゃんが犠牲になろうとしていることを受け入れられず、「一緒に脱獄するんじゃなかったのかよォ!!!」「おれ…!! 助けて貰ってばっかじゃねェかっ!!!」と訴え続けるが、無言を貫く覚悟を受け取り、最後は一言「ありがとう!!!」と叫んだ。友人を失うことへの悲しみや申し訳なさ、正義の名の下に執行される理不尽に対する怒りではなく、ルフィがただただストレートに感謝の言葉を叫んだこのシーンは、わりと『ONE PIECE』という作品を象徴しているようにも思える。

 尾田氏は前出のSBSで、アニメで脚本家が「サンキュー」というセリフを入れることもあり、人に押し付けるほどでもない「ぼく個人のこだわり」としているが、「気づいてくれてありがとう!!」と締めくくっており、相当な思い入れを持って言葉を選んでいることがうかがえる。『ONE PIECE』ファンの皆さんが一番好きな「ありがとう」のシーンはどこだろうか。

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