連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年5月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 今回は五月刊の作品から。

千街晶之の一冊:杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』(新潮文庫nex)

 大御所ミステリ作家・宮内の愛人の息子の「僕」は、急死した父への複雑な感情に悩みつつも、ひょんなことから父の遺稿を探すことに——といったあらすじを紹介することにはあまり意味はないだろう。敢えて言ってしまえば、この作品のメインの仕掛けには有名な先例(同じではないので類例と呼ぶべきだろうか)がある。しかし、そのことは本書の価値を減殺するものではない。というのも、本書はその先例に充分すぎるほどの敬意を払いつつ、更にその先を切り拓いた試みだからだ。既に話題作となっているのも納得の、途方もない労作である。

野村ななみの一冊:森川智喜『動くはずのない死体 森川智喜短編集』(光文社)

 殺したはずの夫が目を離した隙に動いていた表題作、瞬間移動能力を持つブギーマンが関わっている密室もの「ロックトルーム・ブギーマン」など、どれも一癖あるミステリが五つ収録された短編集である。中でも注目は、「フーダニット・リセプション 名探偵粍島桁郎、虫に食われる」。不注意で推理小説の原稿(しかも「解答編」!)に珈琲を溢してしまった二人が、判読可能な箇所をヒントに内容を推理し修復を試みるロジカルな一作だ。なお、今月は『いつかみんなGを殺す』も笑いと悲鳴が溢れる今までにないエンタメ小説でオススメである。

酒井貞道の一冊:早坂吝『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』(光文社)

 まず、歪んだ正義感を持つ男・飢田が、見知らぬ一家を安易な動機で惨殺するしおかぜ市一家殺人事件が語られる。次に、迷宮牢に閉じ込められたキャラの濃い七人(うち六人はそれぞれ別の事件の犯人らしい)がデスゲームを強要される。後者の六事件の一つが前者らしい点を除き関連性は希薄で、二つのプロットを無理に一本の小説にまとめたようにしか見えない。ところがこれこそ作者の思う壺で、終盤に明かされる意外かつ密接な真の関係と、それを証する明白な伏線に唖然茫然。すっかり騙されたこの爽快感は、ミステリの醍醐味に他ならない。

橋本輝幸の一冊:田中啓文『蛇身探偵豊臣秀頼 誰が千姫を殺したか』(講談社文庫)

 選書を迷ったが、心底楽しんだ本書を思い切ってご紹介。大坂夏の陣で敗北した豊臣秀頼は、配下に城の隠し通路に導かれた。それから四十五年後、城の工事中に通路が見つかり、そこで人面の大蛇と化した秀頼が発見される。豊臣家に仕えた老忍者たちが再結集し、秀頼は安楽椅子探偵役として半世紀前の密室殺人とそれに関わる陰謀を解決する。

 歴史伝奇らしい動機が見もの。忍者たちの活躍、各集団の思惑、奇想天外な秀頼輸送作戦、妖怪大戦争のような最終決戦と見どころ多数で飽きさせない。著者の想像力がのびのびと発揮された痛快な一冊。

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