金属恵比須主催 プログレッシヴ・フォーラム「SFと小松左京、そしてロック音楽」イベントレポ

SFを実際にどうとり入れるかは難しい

 巨匠のすごさを確認して、第1部は終了。第2部「SFとロック音楽」では、SFを題材にした曲を流しつつ、金属恵比須のキーボード担当・宮嶋健一と難波が、両者の関係を語った。1953年生まれの難波は、歴史的証言ともいえる偉人たちとの触れあいも聞かせてくれた。

高木:まず一発目は、リック・ウェイクマン『地底探検』(1974年)から。

宮嶋:SFははるか昔、かぐや姫の物語の頃からあるといえばあるんですが、1つのジャンルになったのは、この曲のもとの小説を書いたジュール・ヴェルヌの頃からでしょう。ヴェルヌには『月世界旅行』(1865年)とか宇宙ものもありますけど、地球の未知の部分を描写するものが多い。『地底探検』(1864年)とか『海底2万マイル』(1870年)とか。

難波:SFの開祖と並び称されるH・G・ウェルズとヴェルヌは対照的。イギリスとフランスだし、ヴェルヌが旅行記、探検記で書誌学的なのに対し、ウェルズは文明批評的。この2人によってSFのほとんどのガジェットは発明された感があります。

宮嶋:SFをモチーフにしたロックはいっぱいありますけど、ストーリーを歌詞にしたものは少なく、読後感とかをモチーフにしたものが多い。『地底探検』の場合、無理に詞にして書ききれない部分をナレーションにした感じ。全部聴くとだいたい読んだ印象と同じになる。

難波:アルバムの帯にネタバレ注意と書いてほしい(笑)。

宮嶋:ロックが進化した1950~60年代は米ソで宇宙計画が進み、ヴェルヌ『月世界旅行』の104年後の1969年、ついに人類は月に着陸する。そういうことがカルチャーに影響を与え、1968年には映画『2001年宇宙の旅』が作られ、同作の影響でデヴィッド・ボウイは「スペース・オディティ」という曲を作った。

難波:その歌詞から連想したのは、映画よりレイ・ブラッドベリの短編「万華鏡」でした。

宮嶋:メロトロン(テープに録音した弦楽器などの音を鍵盤で再生して演奏する楽器)の演奏はウェイクマンですが、難波さんはこの楽器はお持ちでしたか。

難波:いいえ。学生時代、冨田勲先生がシンセサイザーの多重録音をやっていると噂を聞き、ご自宅まで図々しくSFファン数名で押しかけ、メロトロンを弾かせてもらいました。ちょうど『月の光』(1974年)を製作中で、そこにいて「この青年は優秀でね」と冨田先生にいわれていたのが、松武秀樹さん。後にYMOのプログラミングを担当した方。

宮嶋:「スペース・オディティ」に触発され、エルトン・ジョンがブラッドベリの短編「ロケットマン」(前出「万華鏡」とともに『刺青の男』1951年所収)から着想された「ロケットマン」(1972年)という曲を歌う。これは、作詞者バーニー・トーピンが小説を読んで、スターダムにのぼりつめた自分とエルトンの心境を投影したような内容。宇宙飛行士が、今度戻ったら二度と宇宙へは行かないぞと思うけど、またロケットに乗ってしまう。花形の仕事をするプレッシャーが原作でも語られていました。

 1994年にはマイク・オールドフィールドが『遥かなる地球の歌』を音楽化しましたが、全編インストなので小説との関係はわかりません(笑)。

 宇宙ブームはアメリカのアポロ計画終了後も、1980年代くらいまでスペースオペラのブームがあって続きましたけど、映画の題材はネットワークやAIに移る。監視社会が連想されますが、そのはしりがジョージ・オーウェル『一九八四年』(1949年)です。デヴィッド・ボウイは小説のミュージカル化を目論んだけど著者の遺族に拒否され、『ダイヤモンドの犬』(1974年)を作る。でも「1984」、「ビッグ・ブラザー」など小説にまつわる曲を未練がましく入れていました。

難波:文学の話ですが昔、日本で出た世界SF全集のうちの1巻がオルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(1932年)、『一九八四年』のペア(1979年)だったんですが、最初はオーウェル未亡人に収録を拒否された。「主人が書いたのはSFなんていう子どもの読みものではなく、文学でございます」と。それを編集者の福島正実が、なんとか説得したんです。

宮嶋:音楽の話だと、リック・ウェイクマンが『1984』(1981年)で音楽化する企画の時は、なぜかあっさり通っています。同作の収録曲「ザ・ルーム」は、プロレスラーの小林邦昭の入場テーマに採用されました。主人公が拷問と洗脳を受ける場面の曲なんですけど、このリングで俺が拷問して洗脳してやるよってことなんでしょうか。タイトルにしたり歌詞にしたり、SFを実際にどうとり入れるかは難しい。難波さんは、どういう風にアプローチされましたか。

難波:作家に捧げる感じになっちゃう。僕は作詞家ではないからイメージで作りますね。

高木:私が好きな難波さんの曲は「DUNE」(フランク・ハーバード『デューン 砂の惑星』1965年がもと。『AQUA PLANET』1988年収録)です。

難波:アイドル歌手に多く詞を書いていた田口俊に詞を頼みました。最初は現実の世界に寄った詞をくれたんですが、原作に寄り添ってほしいと書き直してもらったんです。

宮嶋:次のテーマは人工知能と人造人間。SF小説で思い出すのは、アイザック・アシモフの作品。アラン・パーソンズ・プロジェクトが『われはロボット』(1950年)をもとにアルバムを作っています。意外に原作と関係ない内容ですが。「アイ・ウッドゥント・ウォント・トゥ・ビー・ライク・ユー」では、自分がロボットだったら人間みたいにはならないと歌う。

難波:成功したプロジェクトだったし、踊れる曲です。

高木:クラフトワーク「ロボット」(『人間解体』1978年収録)も踊れる曲でした。ところで、難波さんの『センス・オブ・ワンダー』(1979年)のジャケットは手塚治虫さんですね。

難波:小学生の時に『鉄腕アトム』のファンクラブに入りまして、中学の頃から参加したSF大会には手塚さん、円谷英二さん、星新一さん、小松さんとかが講演にきていたので、当時から顔を覚えられていたんです。ミュージシャンになってからもSF大会へ行ってお話しするようになり、描いていただけませんかとお願いしました。

高木:難波さんの『飛行船の上のシンセサイザー弾き』(1982年)の解説は、小松さん。

難波:昔、大阪で山下達郎も出演する小松先生プロデュースの野外ライブが夜にあったんですが、事務所が昼に池袋で僕のライブをブッキングしていた。飛行機で大阪へ移動したけど車が渋滞で間にあわず、僕がいなくてバンドでやれないから達郎は弾き語りで歌った。で、小松先生が「誰が遅れた」と怒った話を解説に書いたんですけど、あれは僕のせいじゃなく事務所のせい。でも、小松先生にはそういえなかった(笑)。

宮嶋:話し残したSFの大家が、フィリップ・K・ディックです。

高木:ヴァンゲリスによる映画『ブレードランナー』(1982年)のテーマ曲。この曲自体が、世間ではSFってこういう音なんだという印象になっているでしょう。

宮嶋:原作小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(1968年)と『ブレードランナー』って、物語的にはあまり関係ない。でも、ディック的な要素が映画にしっかり残されている。

難波:リドリー・スコット監督の嗅覚がすごい。映画の方のイメージは、やっぱり酸性雨。

宮嶋:流行りましたし、いろんなバンドが歌詞に酸性雨を登場させた。

難波:小説の方は、前時代の破滅SFの定番だった核戦争が背景で酸性雨ではなく死の灰なんです。今読んでもヒップでぶっ飛んでいて、面白い。

宮嶋:他の作家と違って論理的じゃない。登場するガジェットからして変なのが多いですね。「ムードオルガン」(脳を電気で刺激してダイヤルで設定した感情にする機械)とか。『流れよわが涙、と警官は言った』にはKR-3という、飲むと別の世界線に行ける薬が出てきます。ディックは外の世界は絶対的なものではない、と思っているんですね。自身の脳が作り出していると。これはカントの影響が強いみたいです。それで、いつも「現実とは何か」「記憶とは何か」をテーマにする。

難波:メタSFですね。とにかく『ブレードランナー』とかサイバーパンクが出てきて、それまでダサいオタク文化だったSFが、初めてファッションになった。若者が読んで恥ずかしくないものになったんです。

 他にも、小松左京総指揮の映画『さよならジュピター』(1984年)での無重力セックス場面の長さ、H・P・ラヴクラフトはSFか否か問題など多くのトピックが飛び出し、第2部も終了。なごやかでリラックスしたトークのなかでSFとロックの時代による変化も浮かび上がる興味深いイベントだった。

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