声優・夏川椎菜の多岐にわたる文芸活動 「言葉による表現」を貫く信念

小説『ぬけがら』(すばこ舎)

 2023年4月5日にアーティストデビュー6周年を迎えた声優・夏川椎菜。5月17日には、自身が表題曲とカップリング曲の両方を作詞した7thシングル『ユエニ』のリリースも決定している。

 それらを含む自身の楽曲における16曲にのぼる作詞の他、声優グランプリでの連載エッセイ「夏川椎菜、なんとなく、くだらなく。」や、1st写真集『ぬけがら』をベースに物語を紡いだ小説『ぬけがら』の執筆など、声優業のかたわら様々な文芸活動も展開している夏川。今回は、小説『ぬけがら』の版元であるひよこ文庫を運営するすばこ舎の舎長・山中琴美氏をお招きし、ともに夏川の「言葉による表現」に関する想いや信念を聞いた。

※取材にあたり、Twitterにて質問募集を行い、多くのヒヨコ群(夏川椎菜さんのファンの呼称)の皆様にご協力いただきました。改めてお礼申し上げます。本記事に掲載しきれなかった質問のうちのいくつかは、今後別の形で掲載できるように準備を進めています。

源流としてのブログとパーソナリティの開示

――夏川さんは小さい頃から文章を書くのは得意だったとのことですが、文章力に影響を与えたものは何だと思いますか。

夏川椎菜(以下、夏川):子どもの頃から、読書はすごく好きだったんですよ。私の住んでいた地域では、学校で毎日朝10~20分ほど自分の好きな本を読む時間があり、好きな時間でした。あとはやっぱり声優をやっていると、言葉を伝える仕事なので、文節とか気になるんですよね。台本を読んでいても「この言葉を立てたいんだったら、ここの(言葉の)順番を逆にした方がより伝わりそう」などと思うことが多くて。その癖がついているから、「自分がお客さんの立場で読んだ時に一番そのシーンが伝わる書き方」が自然と身についているのかなと。

――現在の夏川さんの幅広い分野での活躍の源流に、ブログ(夏川椎菜オフィシャルブログ「ナンス・アポン・ア・タイム!」)があるのではないかと思います。ブログはどのような経緯で始まったのでしょうか。

夏川:事務所の先輩たちもブログを持っていたので自然と作る流れになりました。当初はイベントや作品の告知を自分の口から行う場ぐらいに考えていて、最初の1~2年ぐらいは本当に普通の内容だったと思います。「どこまで(自分を)見せたらいいか」が最初はわからなくて。ここまで自分のパーソナリティを開示する場所になったのは、間違いなく最初からではないですね。

――ブログで自分のパーソナリティをどの程度開示するかに関しては、いつ頃考え始めましたか。

夏川:本当にちゃんと開示できるようになったのは、ソロアーティスト活動の中で段々と自分の意見を言うようになって、それを基に作品を作る成功体験をしてからかもしれないです。自分の考えていることを言葉にすると、どんどん自分がしたいことのほうから寄ってきてくれる感覚があって。それからは、あまり臆することなく自分が思っていることを言うようになりました。あとは、読んでいるファンの人も真摯に受け止めて、お手紙で「この言葉がすごく励みになりました」と書いてくれていたりして、自分の書いた言葉がちゃんと人に影響を与えられているという実感が持てたので、だったらあまり自分を隠さずに思ったことを自分なりに伝える場所にできたらいいかなと。

――アーティスト活動の中で段々と意見を言えるようになったとのことですが、元々言いたかったことが言語化できるようになったのか、発言をしていく中で言いたいことが出てくるようになったのか、どちらでしょうか。

夏川:どっちもあると思います。そもそも「これは嫌、やりたくない」というネガティブな感情が結構強かったんですよね。「これは自分には合わないと思うし、やる自信がないからやりたくない」とは強く思ってたんですけど、「なんでやりたくないのか」が言語化できていなかったので、「自分の中ではこういう理由があって、いずれこういうことがしたいから、今やるべきじゃない」と筋道や代案を伝えられるようにならないと、というところから始まった気がします。やりたくないことの理由を突き詰めると、「自分はあんまり清楚な感じとか、『かわいい』を押し出したりとか、幼く見られるようなことをしたいわけではないんだな」と。ということは、「大人っぽく見られたい」なのか、「『かっこいい』路線がやりたい」なのかといった形で、ネガティブな方を突き詰めたらポジティブな方のやりたいことも出てきて、どんどん意見が言えるようになってきました。

――夏川さんのアーティスト活動の一つの転換点ともなった3rdシングル『パレイド』では、「自分の劣等感や不安や後悔をぶつけるような」「救いがなくてもいい」といった歌詞のイメージをディレクターに送ったそうですが、パブリックイメージも大事な仕事の中で賭けだったのではないかと思います。どうしてそんなことを送ろうと思ったのでしょうか。

夏川:「パレイド」の段階になった時は、ブログやラジオを通じて、応援してくれている人にはある程度自己開示をして分かってもらえている感じはしていました。だから、多少ネガティブに振ってもびっくりはされないだろうと思ったし、それでイメージが下がることもないだろうなと。それまでの夏川のソロやTrySail(麻倉もも・雨宮天・夏川椎菜による声優ユニット)でのイメージは割と「明るくて元気」だったので、それ以外もやりたいし、自分の中で一番表現してみたいと思っていた感情が「負」の感情だったので、「だったらやっちゃえ」と。

小説執筆と手の届く範囲の中で言葉を紡ぐこと


――「16時50分」(monogatary.com主催イベント「チャンモノSummer Stream!!」にて披露)と「たった3日で恋ですか」(『恋愛小説アンソロジー「最低な出会い、最高の恋」』に収録)で初めての小説執筆に挑戦されましたが、今までのブログやエッセイの執筆とどんな違いがありましたか。

夏川:「自分じゃない」誰かの気持ちを想像して書かないといけないのが本当に新しい挑戦でした。芝居では誰かが作った物語を表現するので、用意されているものがあってそこに色を乗せるイメージですが、その「用意されているもの」自体を作らなくてはいけないのは新鮮でした。と言いつつ、作詞とか他のことにも通じますが、自分がまったく感じたことのない感情は書きづらいなとも思っていました。小説を書くのは初めてでもあったので、書きたいものとか憧れているものというよりは、自分の書ける、手を広げられる範囲内でやってみようと。

――「自分が手の届く範囲の中で言葉を紡ぐ」という夏川さんの信念によって、ライブのMCなどもヒヨコ群(夏川さんのファンの呼称)が共感しやすいものになっているように感じます。ファンに言葉を届ける際の”距離感”も絶妙だなと思っているのですが、夏川さん自身がアイドルファンであることも関係しているのでしょうか。

夏川:そういう部分もあるとは思うんですけど、そもそも素直にポジティブな気持ちを伝えることが多分すごく苦手なんですよね。私生活でも人を褒めるのがすごい苦手で、あまり「かわいい」とか「イケメン」という言葉を使えなくて。「かわいい」も「イケメン」も人それぞれじゃないですか。「かわいい」の中にもいろんな多様性があって、それを簡単に伝えるために「かわいい」という言葉を選んでいるだけで。でも伝えたい思いとしては、その裏にあるサブテキストの方が大事じゃないですか。だからそっちを伝えた方が親切だなという気持ちがあって。ライブ中も「皆さん今日来てくれてありがとうございました」と言うのは簡単なんですが、「なんで来てくれているのが嬉しいのか」という補足をした方がいいんじゃないかなと。だからMCが長かったらしいんですけど(笑)。

――それはきっと、ヒヨコ群のことを信頼しているということですよね。

夏川:今思い出しましたけど、1st写真集『ぬけがら』の打ち合わせで「物語調にしたい」と提案した時に、「私はそういうファンを育てたいんです」と言いました。「写真の並びとかに関していちいち理由をつけたくなるような、執念のあるオタクを作りたいんです」と。私がお客さんとして何かを受け取る時に、例えば歌詞ならスペースが入る場所や漢字の当て方などの繊細なところにその人のコアとなる部分が隠れていると思うタイプなので、それを敏感に感じ取ってくれる人がファンだったら、(作品の中にそうした要素を)隠せば隠すだけ面白くなるし、読み取ってくれた時にすごく糧になるなあと。

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