連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年3月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
今回は三月刊の作品から。
野村ななみの一冊:五十嵐貴久『スカーレット・レター』(実業之日本社)
須藤古都離『ゴリラ裁判の日』、西澤保彦『走馬灯交差点』など、今月も注目作が多く刊行された。その中で本書を選んだのは、ホラー&ミステリの醍醐味であるぞわぞわとした〈違和感〉に魅了されたからだ。ある温泉旅館を仕事で訪れた編集者の春川澄香は、滞在中、不可解な出来事に次々と遭遇する。赤い封筒に老人の幻、連絡の取れない有名作家……。春川が目撃する怪事と想像力を刺激する描写によって、ページを捲る度に「何かが変だ」という感覚は増すばかり。違和感の正体が姿を現す最後の最後まで気が抜けない、再読必須の作品である。
橋本輝幸の一冊:麻耶雄嵩『化石少女と七つの冒険』(徳間書店)
京都の私立高校で古生物部の部長を務める令嬢・神舞まりあ(勉強はからきし)と、振り回される幼馴染みで後輩の桑島彰。やたら殺人事件が起きる学園で、まりあはいつも彰に独自推理を語り聞かせてきた。しかし2人の関係に変化が訪れる。
連作短編シリーズ『化石少女』(2014)の続編。名探偵と助手、推理と解決という揺るがぬはずだったペアが崩れたとき起こる破綻をじっくり味わせられた上、最終話で更に噛みしめさせられる。著者らしい趣向が読者を待ち受ける一冊だ。曲者だらけの生徒、クセの強すぎる部活の数々も前作以上。
千街晶之の一冊:おぎぬまX、監修:ゆでたまご『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』(集英社)
ゆでたまごの漫画『キン肉マン』と本格ミステリの組み合わせ。誰もが自分の目と耳を疑うであろう企画だ。キン肉星から失踪したキン肉マンの行方を追って地球に降り立った重臣のミートは、かつての敵・キン骨マンと手を結び探索に取りかかるも、出向いた先で怪事件が次々と起こる……という内容で、容疑者となる超人はみな瞬間移動や分身などの能力を持っている設定だ。この作品世界でなければ成立しない物理法則無視の奇抜なトリックはもとより、ロジックや動機にも工夫が凝らされている。原典および本格ミステリへの愛情が詰まった快作だ。
藤田香織の一冊:寺嶌曜『キツネ狩り』(新潮社)
わずか3Pのプロローグを読んだだけで、あぁこれは好きな予感しかしない! と感じた。バイク事故で婚約者と右眼の視力を失い、刑事課から警務課に配置転換された尾崎冴子。東大法学部卒のキャリア組、深澤航軌。その新人研修時に指導役を担った弓削拓海。突然、尾崎の身にある特殊な能力が宿ったことを機に、三者三様の傷を抱えた三人が、いびつながらも強い絆で連続殺人事件の犯人と目された「キツネ」に迫る。いやー、これもうすぐにシリーズ化されて即映像化される予感しかしない(2回目の予感)。第9回新潮ミステリー大賞受賞作。