ミステリ作家・芦辺拓、時代伝奇小説で新境地へ 5人の美少女が活躍する『大江戸奇巌城』が面白い

 なかでも注目すべきアイテムは、奇巌城であろう。いうまでもなく元ネタは、モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズの一篇『奇巌城』である。詳細は省くが、ルパンを追う天才少年の活躍が楽しめる作品だ。タイトルにある奇巌城も、魅力的な場所である。その奇巌城を、どうやって江戸に出現されるのか。終盤まで現れないのでハラハラしたが、まさかこんな方法だとは! 作者の奇想に脱帽だ。

 また、敵味方併せて、たくさんの実在人物が登場するのも、読みどころになっている。これは、山田風太郎の明治ものを踏まえた手法だろう。その外にも、『オーシャンズ11』だけでなく、五人の美少女が集結する展開には、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』も入っているのではないか(その二に、「ほどなくして、黄昏の昌平坂を駆けだす二つの人影があった。まるで仲の良い二頭の子犬のように、何にもとらわれず自由に……」という一文がある)。あるいは終盤で登場する琉球使節は、野村胡堂の『南海の復讐王』、もしくはNHKで放送された時代劇『日本巌窟王』を意識しているのか。考えすぎかもしれないが、細かいネタを膨大に仕込んでくる作者なので、可能性は高い。エンターテインメント作品の知識があればあるほど楽しめるのも、芦辺作品の特色なのだ。

 その一方で、真摯なメッセージも発せられている。ちせを始めとする五人の美少女は、封建社会(男権社会)で、いろいろな形で抑圧されている。彼女たちの痛快な活躍は、そのような時代に対するレジスタンスといっていい。もともと伝奇時代小説は、フィクションによって、権力や巨悪を撃つという側面を持っている。だからこの点でも本書は、伝奇時代小説の本道を歩んでいる作品といえるのである。

 さらに本書の中に、「ことさらに日本を持ち上げ思い上がり、他国をさげすむ風潮は以前から目立ってきていたからです」というセリフがある。現代の日本でも通じる言葉だ。だから大陰謀を荒唐無稽だと思いながら、背筋に冷たいものが走る。本書の見逃してはならない、重要なポイントである。

 とはいえ物語は、あくまでも伝奇時代小説だ。大いに楽しめばいいのである。そういえば、作品の掲載されたムック・アンソロジーで作者は、「とにかく、そんな風にして集まった彼女たちが、どんな冒険と活劇を見せてくれるかというと、それは私の懸案の本格ミステリ+伝奇時代小説のハイブリッド『大江戸黒死館』をお待ちいただくしかないのです!」と記している。最初の構想では伝奇時代小説の世界で、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』をやるつもりだったのだろう。シリーズ化するならば、ぜひとも次は、これにしてほしい。作者でなければ書けない、とんでもない伝奇時代小説の再登場を、期待しているのである。

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