立花もも 今月のおすすめ新刊小説 家庭問題やいじめなど社会問題をテーマにした作品4選

『四日間家族』 川瀬七緒 角川書店

 どんなに真摯に向き合おうと、どうにもならないところまで追い詰められたら、みずから死を選択してしまう人もいる。本作は、ネットで出会った見ず知らずの四人が、集団自殺をしようとオンボロ車で山へ向かうところから始まる。

 四人のうち一人は、スナックを経営する老女なのだが、コロナ禍も闇営業を続けた結果クラスターを出して客を死なせてしまい、複数の遺族から慰謝料を請求されているという背景が、妙にリアルである。リーダーも、やはりコロナ禍で工場の経営が悪化して首がまわらなくなった還暦の男。この三年半で、彼らと似た境遇に陥った人は少ないだろうと思うと、胸の奥がずんと沈む。三人目は、昏い空気をまとう16歳の男子高生。そして最後が、語り手でもある28歳の夏美だ。

 この四人が、なんと赤ん坊遺棄の現場に遭遇してしまうのである。捨てたのは、どう見ても堅気とは思えない女で、四人が赤ん坊を保護したすぐあと、誰かに指示され、赤ん坊の息の根を止めに戻ってきた。これが最後の人助けだと、赤ん坊を抱えて四人はその場を逃げ出すのだが、何者かがSNSを利用し、四人を誘拐犯としてまつりたて、炎上させてしまう。

 かくして、集団自殺するはずが、命を守ることになってしまった四人。ネットで顔写真がでまわり住所も晒されるなか、なぜか夏美の素性だけが浮かび上がってこない。裏社会に詳しく、逃亡に際しても手際よく対応する夏美はいったいどんな過去を歩んできたのか。個人的な謎も加わって、事態は思わぬ方向に転がっていく。一気読み必至のサスペンス小説である。

『数学の女王』 伏尾美紀 角川書店

 札幌市内に新設された大学で起きた爆破事件を追う警察小説なのだが、読み始めてすぐ、やたらと主人公が過去の話を語るので、ひょっとしてと調べてみたらシリーズ第二作目であった。というか、帯に「北緯43度のコールドケース」シリーズと書いてあった。タイトルと表紙イラストに惹かれて手にとったので、まるで気づいていなかった。

 主人公の沢村依理子は、警務部付捜査一課という奇妙な異動を命じられる。これは報復人事であるらしく、そこに前作『北緯43度のコールドケース』が絡んでくるらしい(ちなみに江戸川乱歩賞受賞のデビュー作である)が、前提知識がなくとも爆弾事件を追うぶんにはまったく問題ない。

 新参者なのに捜査班長をまかされた沢村は、歴戦の猛者たる刑事たちとの関係を築きながら、手掛かりの少ない事件を追うので精いっぱい。容疑者である副学長の男に嘘は多いが、決定的な証拠もなく、さらになぜか公安の横やりが入って捜査を邪魔される。身近に、公安のスパイがいる可能性まで浮かび上がってきた。だが、博士号をもち、みずからも研究者をめざしたことのある沢村ならではの視点で、事件解決の糸口を見つけていく。

 物語の臨場感はもちろんのこと、経歴もあって、あまり刑事らしくない沢村が試行錯誤しながら成長していく姿が魅力的。続刊希望だが、まずは第一作を手にとってみようと思う。 一読しただけでは理解が追い付かなかったので、くりかえし読んだ。そして思う。読書って、ほんとうに、コスパがいい。作者のとほうもない想像力をおすそ分けしてもらいながら、知識を得、未知なる世界を旅することができるのだから。ゴッホをモチーフにしたフィクションのなかでも、類をみない作品なので、ぜひ腰を据えて挑んでみてほしい。

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