『SLAM DUNK』桜木花道の“主人公として完璧な能力” 井上雄彦が「リバウンド」を軸に設定した慧眼

 アニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』が大ヒットを続けている。既報の通り、湘北高校不動のPG・宮城リョータが主人公といえる存在感を持っており、原作『SLAM DUNK』の主人公・桜木花道の活躍は当然、印象に残るものではあったが、限定的だった。そこで本稿ではあらためて、桜木の主人公としての素晴らしさを考えたい。

 井上雄彦が、素人からバスケットボールという競技でサクセスしていく主人公・桜木花道の才能について、「リバウンド」を軸に設定したのは慧眼というほかない。

 主人公なら大きな舞台で活躍してほしいが、しかし初心者が数ヶ月で流川楓や仙道彰、沢北栄治のような花形のスコアラーになる、というストーリーには説得力がない。例えば、そもそも得点シーンが少ないサッカーという競技であれば、桜木の快足や跳躍力、パワーという身体能力を一試合に一度爆発させることで、「得点王」になることにも説得力が生まれるかもしれない。しかし、得点を積み重ねる上で技術による再現性が強く求められるバスケットボールにおいて、素人・桜木が熟練のプレイヤーを差し置いて、一足飛びにエーススコアラーになる道は見えないのだ。

 バスケットボールで「初心者が得点を量産する」となれば、圧倒的なサイズを持った選手がセンターとして短期間で驚くべき得点力を身につける、という可能性がありそうだが、それはつまり山王工業・河田美紀男のエピソードに近く、物語としてはあまりエキサイティングに見えないかもしれない。桜木は得点こそ多くないが、大事な場面で結果を出すクラッチ・プレーヤーとして描かれており、得点力不足がマイナスに見えないのが巧みだ。

 シュートが入らない、というのはバスケ初心者の宿命だ。しかし、圧倒的な瞬発力とそれ以上に優れたガッツを備え、ポジショニングが正しければ、「リバウンド」は取れる。一見地味な役割だが、実際にリバウンドを中心としたディフェンス能力でNBAのスターになった選手がいる。それが桜木のモデルとなったデニス・ロッドマンだ。

 NBAを席巻したシカゴ・ブルズ。マイケル・ジョーダン、スコッティ・ピッペンと並び、間違いなく主役の一人だったのがロッドマンだ。95〜96年シーズンから97〜98年シーズンまでの3連覇中、ロッドマンの平均得点はだいたい5点。フリースローも半分は外す選手で、得点はあまり期待できなかった。しかし、リバウンドでは他の追随を許さず、1991–92シーズンから7年連続でリバウンド王に。移籍後、ブルズ黄金期の立役者となった。

 『SLAM DUNK』本編で安西先生が桜木に語ったように、リバウンドを取れば相手の得点機会を奪い、自チームの得点機会を生み出す「4点」の価値があると見ることもできる。ロッドマンはデトロイト・ピストンズ時代、1試合で34本ものリバウンドを記録したことがあり、こうなると試合自体を支配したと言っていい。見るからに華やかな技術がなくても、試合の主役になれるという好例だ。

 『SLAM DUNK』のファンが必ずと言っていいほど考えたことがあるテーマとして、作中の「オールスターチーム」が挙げられる。多くのスター選手が存在するなかで、「素人・桜木」はなかなか選ばれづらいところだが、高いポテンシャルを持つリバウンドのスペシャリストとして、選ばない手はない、という考え方もできる。1試合に50点取れるスーパースターを5人揃えたとして、もちろん「どこからでも点が取れる」というのは大きなアドバンテージだが、バスケは250点のゲームにはならない。周囲に優れたプレーヤーが揃っているほど、桜木のような泥臭い選手がいることの価値は大きいのだ。

 底の知れない潜在能力と、試合のムードを変えてしまうスター性。桜木が高校生活を通じて得点を量産するプレイヤーになるとは考えづらいが、ディフェンスにおいては手がつけられない選手になりそうだ。タイトルこそ華やかだが、基本の大切さと目立ちづらいプレーに光を当て、主人公の魅力として輝かせた『SLAM DUNK』は、やはりスポーツ漫画の金字塔であり続けるだろう。

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