『三千円の使いかた』原田ひ香インタビュー 「結婚も子供も望んでいるのに、貧困のせいで機会を奪われるのは辛い」
貧困のせいで機会を奪われるのは辛い
――インタビューでは、ご自身のお仕事とパーソナリティを分けているとおっしゃっていましたが、登場人物の中でご自身と一番近いキャラクターは誰でしょうか。
原田:真帆さんかもしれないですね。節約雑誌が大好きで、節約の仕方や貯金の目標の立て方など。個人的には、節約雑誌は、実は男性にこそ読んで欲しいと思うんです。収入も少ないし、結婚を諦めているという男性のつぶやきをよくSNSで見ますが、節約雑誌を見たら「夫婦で力を合わせて頑張っていけば、子どもも持てるんだ」と思いますし、老後も含めて本当はどのくらい必要ななのかも皆さん知らず、漠然と不安を抱えていらっしゃいますよね。それに、図々しいことを言うと、年上の男性の政治家なども1冊買って読んでもらうと、世の中の人たちが今、実際にどんな暮らし方をしているのかが見えてくると思います。
――フリーのライターの女性と付き合っていて、「費用対効果が悪いから」と子どもを持つことは考えていない男性・小森安生も現在のリアルですよね。
原田:女性が全員ある程度ちゃんとしているだけではちょっとつまらないし、小森安生さんみたいな生き方の方はたくさんいらっしゃるし、私自身フリーの仕事をしているので、小森さんの気持ちもわかります。身の回りにも、小説を書きながらアルバイトをして、年間100万円ぐらいあればなんか暮らせると言って、あとはプラプラしている方も実際に結構いらっしゃるので。そういう生き方も嫌いじゃないし、男性的な魅力もあるし、すごく好きなキャラクターではあります。
――おばあちゃんが70代で働き始めたり、美帆の彼氏となる翔平の奨学金問題が出てきたりするのも、非常に現代的ですね。
原田:働くことで、ありがとうと言われるし、体を動かすのも良いし、「お金が欲しい」というのも、リアルで良かったと言って下さる方もいました。でも、SNSを見ていたら、「こういうドラマでまで老人に働けというのか」と怒っている方も少しいらっしゃいました。それと、奨学金問題は絶対入れようと思っていたことの一つです。最後にどう落としどころをつけるかはずっと考えていた点で、「実家が太いからできるんだろう」という声もありました。私としては、美帆の家はすごくお金持ちでもないけど、普通にみんなが働いているみたいなイメージで描いたんですが、小説の感想として「翔平の家族とは、家族になりたくない」という意見が多くて。奨学金の返済があるから結婚できないというのは、辛いです。昔の方も本当に奨学金は大変だったと思いますが、今は昔に比べ、初任給があまり上がっていかないですから、もっと困難だと思います。
――原田さんの作品には、女性の経済的困難や自立が多く描かれていますが、どんな思いが込められているのでしょうか。
原田:昨年出版した『財布は踊る』(新潮社)という小説の中では、奨学金問題をさらにしっかり書いているんですね。そのきっかけとなったのが、『女性たちの貧困 “新たな連鎖”の衝撃』(幻冬舎)というノンフィクションを読んだことで。何百万円も借りるしかなくて、奨学金を返す頃には40歳過ぎになっちゃう、そしたら結婚できないと言う方が出てくるんですね。その方は、普通の結婚を望んでいるけど、お茶飲み友達がいれば良いくらいで、結婚なんて無理だよねと言っていて、身につまされる思いになりました。結婚しない人はしなくて全然かまわないですが、結婚も子供も望んでいるのに、貧困のせいで機会を奪われるのは辛いですよね。自分が今、50歳くらいで、ある種のリテラシーをある程度知っている状態で、「300万円借金がありますと言う人がいたら、どうアドバイスするか」ということをずっと考えて書いたのが、『財布は踊る』でした。それを読んで、こういう方法もあるのかと気づいてくれたり、実際に貧困に悩む方に思いが届いてくれたりしたらいいなと思っています。
不安というのは、意外となくならない
――『三千円の使いかた』連載時の5~6年前と現在で、世の中のお金に対する感覚の変化を感じるところもありますか。
原田:コロナによって、良くも悪くも、家の中でみんな考えることが増えたことで、今まで小説を楽しみで読んでいた方なども、将来のことやお金のことを気にし始めたように思います。「家計簿をつける気になった」とか「お金のことをずっと後回しにしていたけど、調べてみる」みたいな感想が当時は特に多くて。さらに、NISAとかiDeC0に以前はタッチしなかった方たちが、やらなくちゃとか、投資しようと思い始めたのが、コロナが始まった頃からという気がしています。やっぱりみんな不安なんでしょうね。対談とかインタビューでも、将来の不安をどうしたら良いかとよく聞かれますし。コロナなんて起きるとは誰も思っていなかったわけで、老後になったらまたひどいことが起きるかもと思うかもしれないですが、そのときはまたそのときで考えるしかないんですよね。そんな中、不安ばかりじゃ辛いので、本を読んだり、積み立てNISAを勉強してみたりするのは良いと思います。
――原田さんご自身はベストセラー作家になって、お金の感覚に変化がありましたか。
原田:特に何も変わらないです。本当に欲しいものがないのが今、悩みじゃないですけど、だから何も使っていないんです。その一方、不安というのは、意外となくならないんだなとも思います。どんなに準備をしても不安がないわけではないんですよ。
――では、今3000円があったら何に使いますか。
原田:『GERA』というラジオ番組のアプリがあって、それが 1カ月3000円とか払えばスポンサードできたので、少し前はそれに使っていたんですね。でも、最近またやろうと思ったら、値段が5000円ぐらいに上がっていて、ビックリしたということはありました。ただ、それに限らず、この仕事を始めた10年ぐらい前から、毎月2000円くらい、とある団体に寄付しているんですが、誰かを応援したりすることに使いたいという思いはずっとあります。また、純粋に自分の楽しみのために使うなら、新宿で映画を観て、新宿駅にある『ベルク』さんで、ビールとちょっとしたつまみを頼みながら、映画の余韻に浸るとか、ルノワールに行って、いろんな人たちがいろんな話をしているのを見たり聞いたりするのも楽しいですね。
■書籍情報
『三千円の使いかた』(中公文庫)
原田ひ香 著
発売:2021年8月20日
価格:770円(税込)