異色の青春漫画!? 『逢沢小春は死に急ぐ』胡原おみインタビュー「社会の空気を受けて命への価値観が変わった」

©胡原おみ/集英社

 『ウルトラジャンプ』で連載中の胡原おみの漫画『逢沢小春は死に急ぐ』の単行本1巻が1月19日に発売される。本作は“安楽死”というテーマを扱うため、センシティブかつ重い内容の漫画かと思いきや、男女2人の青春が描かれた学園物という異色の作品なのだ。注目作を手掛ける著者・胡原おみに、本作の読みどころや創作へのこだわりを伺った。

――『逢沢小春は死に急ぐ』のテーマやアイデアはどのように思いついたのでしょうか。

胡原:前回の作品『花園君と数さんの不可解な放課後』が複雑な関係をもつ男女の高校生の恋愛がテーマだったので、次の作品では、純粋な思春期の青春の物語を描こうと思いました。ところが、作品のアイデアを練っている間にコロナ禍があり、社会全体の荒んだ空気を受けて、私自身の価値観が変わったのです。その後、編集さんとの打ち合わせをしていく中で、安楽死のテーマと、高校の卒業のタイミングで生きるか死ぬかを決める……というアイデアがまとまりました。

――胡原先生が味わった価値観の変化とはどんなものでしょうか。

胡原:私は子どものころから、「生きていれば必ず良いことがある」という価値観を持っていました。ところが、コロナ禍を過ごす中で、前向きに生きるのはなかなか難しい時代だなと感じたのです。生きるのが辛いなら、他人に生きることを強要し、生きろと励ますのはちょっと違うなと。生死はもちろんですが、生活スタイルなども人から指図されるものではなく、自分で決めるものだと思うようになりました。

――なるほど。そういった考えが漫画の中に反映されていたりはするのでしょうか。

胡原:そうですね、主人公の小春の「自分の命の使い方は自分で決める」という考えや、それに対するトキくんの「俺には逢沢(小春)の安楽死を止める権利はないのかもな」というセリフは、私自身の想いを代弁させている部分でもあります。

©胡原おみ/集英社
胡原おみがコロナ禍を過ごす中で抱いた価値観を、キャラクターが代弁している。©胡原おみ/集英社


――キャラクターの設定に胡原先生の趣味が反映されている点などは、ありますか。

胡原:私は『ウマ娘 プリティーダービー』のゴールドシップちゃんのような、元気で、グイグイ引っ張るタイプの女の子が好きです。一方で、男の子は陰キャで奥手な感じが好きなので、今回の漫画では私の趣味がより強く出ているかもしれません。私はクイズ系のYouTuber、Quizknockやカプリティオチャンネルの動画をよく見ますが、そういう賢い人が好きなので(笑)、作中にもやはり趣味を投影した男の子が出てきます。あとは、シチュエーションも私の趣味が出ています。6話で橋の話が出てきますが、建造物を見に行ったりするのは好きなんですよ。

橋を見に行くのが好きという趣味が表れた場面。背景の緻密な描き込みに定評のある胡原の画力、こだわりは本作でも健在。©胡原おみ/集英社

――そして、胡原先生は今も原稿を手描きで制作されているそうですね。特に連載をするうえではデジタルと比べると何かと大変といわれますが、こだわる理由はなんでしょうか。

胡原:私の中では生原稿萌えというのがあるのですが、それは故郷である秋田の「横手市立増田まんが美術館」で子どものころから原画を見てきた影響がありますね。印刷されると違いはそれほどわからないので、自分の中で満足したい部分もあるのですが、美術館に展示されているような、自分が見ても「おおっ」と思う緻密で美しい原稿を描きたいという思いは強いですね。

――ペンは何を使って描かれていますか?

胡原:比較的均等な線が描けるミリペンで描いています。デジタルも進化しているので、実際はそれほどの大差はないのですが、単純に漫画を手描きで描くのが楽しいんですよ。あとは、地道にトーンを貼る作業も好きなんです。アシスタントさんに任せている箇所もありますが、重要な場面は自分で貼って削っていますし。もちろんデジタルも活用していて、現在は3Dも勉強しているのですが、やはりアナログならではの楽しみもあるんですよね。

胡原は純粋にアナログ原稿がもつ味わいが好きなのだという。手描き特有の味わい深い描写も楽しみながら読みたい漫画だ。
背景はいわゆる素材集をそのまま使う漫画家が少なくないが、胡原はすべて手描きしている。多く使われる場面はあらかじめ描いておき、貼り付けるのだとか。

――そして、先ほど建造物を見に行くのがお好きと言っていましたが、胡原先生の漫画は背景の描き込みが凄いですよね。

胡原:もともと、あずまきよひこ先生の『よつばと!』や、京都アニメーションのアニメのように、背景が描き込まれている作風に憧れていました。私は建造物が好きですし、背景も描きたいから描いているのですが(笑)、今回の漫画では想定以上の効果がありました。背景をリアルにすることで、架空の世界にリアリティが出せるんですよ。

――それは大きな効果ですよね。非現実の世界なのに、現実味が出てくるというか。

胡原:散歩しながら、「小春やトキくんだったらこの場所でどんな会話をするかな?」「この風景の中でどんなドラマが生まれるかな?」などと妄想して、思いついたことを漫画に落とし込んでいます。

――最後にコミックス発売に向けた意気込みや、読者へのメッセージをお願いします。

胡原:安楽死というなかなか勇気がいるテーマですが、小春たちの人生をしっかりと描いていきたいと思いますので、キャラクターの成長を見守りながら読んでいいただけると嬉しいですね。1話1話を毎回最終回のように気合を入れて、一生懸命ネタを詰め込んで描いています。これからのお話は同じ学校の友達との関係も丁寧に描きたいと思いますし、2人の関係がもっと深まっていくようなエピソードを盛り込んでいきたいと考えています。また、講談社の「コミックデイズ」でも連載が始まる予定ですので、そちらもチェックしていただけると嬉しいです。

■書籍情報
『逢沢小春は死に急ぐ』 1巻  胡原おみ・作
・発売日:2023年1月19日
・定価:715円(税込)
・版型:B6判
・頁数:208ページ
・販売:全国の書店などで販売

高校で隣の席になった柏原 常と逢沢小春。浮かない顔の常に対し小春は何事も楽しそうだが、彼女は「高校を卒業したら安楽死する」と決めていた。彼氏が欲しい! テストで一番取りたい! 安楽死を望みながらも小春は前向きだが、常には彼女を放っておけない事情があり──!?

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