『隣り合わせの灰と青春』から『ブレイド&バスタード』へ ベニー松山 × 蝸牛くも、ウィザードリィ対談

出会いの衝撃のままに執筆を完走できた

ーーそもそもベニー先生がウィザードリィと出会ったのは何がきっかけだったのですか。

ベニー:アップルⅡでしか遊べなかった頃ですから、1983年の高校1年生だった頃でしょうか。これは凄いなと思いました。実を言うと自分とRPGとの出会いはそこからなんです。『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のようなテーブルトークRPGを飛ばしているんですよ。TRPGの存在は知っていましたが、ネットがない時代で周りで遊んでいる人に巡り会えなかったんです。それでウィザードリィを触って、戦って強くなっていく面だけを捉えてこれがRPGの面白さか! と若干誤解気味に刷り込まれました(笑)。

ーーその衝撃が小説の執筆につながったのですか。

ベニー:ゲーム攻略ライターをやっていた87年暮れにファミコン版が発売されたので、自分ならこのゲームのことは何でも分かっているからを担当させて欲しいとお願いしたんです。そのファミコン版で末弥純さんがモンスターのデザインやイラストや広告のビジュアルを担当されていて素晴らしかったんです。攻略記事も反響が大きくて、だったらこの作品をリアリティを持った世界として小説にしたら面白いのではと編集部も乗り気になってくれました。とはいえ、当時の僕は趣味で小説を書いていたくらいの素人でしたから、編集部的には前述の通りゲームあるある短編でね? という軽い企画だったんです。それをまあ、真のプロットを隠しながらどんどん長く膨らませていきました(笑)。出会いの衝撃のままに執筆を完走できたのは、読者の皆さんの声のおかげでした。

ーー『ドラゴンクエスト』の小説が89年からですから、『灰と青春』が出た88年にはまだあまりRPGを小説にしたものはありませんでした。

ベニー:ほぼなかったですね。『ウォーロック 日本版』にウィザードリィを題材にした短い小説が載っていた記憶があるくらいです。どちらかと言えばコメディタッチのもので、ドワーフの戦士がスライムに襲いかかられてガボガボしているような。でも、本当に載っていたのかな。ウォーロック誌ですらなかったのかも。もしかして捏造された記憶なのかも……(笑)。あっ! そう言えばアクションRPGですが『イース』のノベライズ、88年に出ていましたよ。

蝸牛:自分『ウォーロック 日本版』を全号持っているので調べます!

ーー(笑)。今もウィザードリィにコミカルなところがあるという話が出ましたが、『灰と青春』も『ブレバス』もシリアスさを前面に打ち出した作品となっています。

ベニー:ウィザードリィはもともとモンティ・パイソン(英国のコメディグループ)作品のパロディなどが山ほど入っているゲームなんです。でも、それをストーリーにそのまま取り入れると緊張感が緩んでしまって、人が死んでも死んだと思われないところが出てしまいます。緊張を解きほぐす効果はありますが、それらをそぎ落とした方がファンタジー世界を書くのに適していると思ったので削りました。

蝸牛:『灰と青春』にはボーパルバニー(可愛らしい姿で現れ首をかき切る凶悪なモンスター)も出ませんからね。今やウィザードリィといえばボーパルバニーといったところもありますが、もともとはモンティ・パイソンの映画(モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル/1975年)に出て来たキャラクターでしたから。

ベニー:ボーパルバニーは出してもいいかなと思っていますが、カシナートの剣はちょっと……。実はハンドミキサーが元なので、そのままファンタジー世界で出すのは難しいですね。あとはワードナの部屋にある営業時間(笑)。

蝸牛:それを本当にやってしまうと、ギャグになってしまいますからね。好きですけど(笑)。自分がウィザードリィに触れ始めたころは、もうカシナートの剣が実はハンドミキサーなんだとか、ボーパルバニーのウサギはモンティ・パイソンのパロディで首を刎ねて回っているんだとか、ワードナの部屋に営業時間があるんだといったことがあるあるネタとして普及していました。ハードでシリアスな世界だけれど、愉快なことも起こるといった認識はありましたが、新しくウィザードリィの小説を書くとなって、それをどこまで入れるべきかと考えてバランスをとった結果が、『ブレバス』の世界観になりました。

ベニー:逆にいうと、モンティ・パイソン的なギャグなりコメディタッチの雰囲気なりを、問題なくストーリーに組み込んでハードな世界観を成立さえ得るのなら、それは凄いことなんだと思います。当時、自分には難しかった。

蝸牛:カシナートの剣はまだ出していないので、今後の話でもしも出すとなるとしたらミキサーにすべきか名匠の剣にするか、悩むところではあります(笑)。

ゲームの世界を描く時にあるあるのような話で終わらせたくない

ーー読者がストレスを感じないような優しいストーリーの作品が主流になっている中で、ハードでシリアスな小説を出すことにどのような意義があるとお考えですか。

ベニー:いつの時代でも、そうした作品――ゲームの中から想像をふくらませ、余白を細かく埋めていくような作品を必要と思ってくれている人は存在すると信じています。だからこそ、ゲームの世界を描く時にあるあるのような話で終わらせたくないんです。

蝸牛:分かります。

ベニー:『ダンジョン飯』という漫画がありますよね。これなど、最初はダンジョンあるあるのような話かと思ったら、だんだんと違う方向へと進んでいって驚きました。作品の中の世界はこうなっているのだということを紐解いていくあたりがゾクゾクします。考えてみれば、飯を食べなければ長時間迷宮に潜っていられないんですよね。だからすごく食料を背負っていくか、中でモンスターを食べるかといった話になる。僕は沢山の食料を背負っていくのも不自然だからと、長く冒険する話は避けて、冒険者の最後の1日を書くような構成にしていました。

蝸牛:自分はそこは、迷宮は異質な空間なので、潜っているとだんだんと時間の感覚がなくなっていき、何日探索しているのか分からなくなるようにして誤魔化しましたね。

ベニー:それは上手いと思いましたね。

蝸牛:ありがとうございます!

ーー蝸牛先生はゲームのウィザードリィとはどのように出会われたのですか。

蝸牛:4コマ漫画から入って『リルガミン冒険奇譚』や『灰と青春』を読んだ後にゲームに触れました。どっちが先だったかはっきりと覚えていませんが、ゲームボーイカラー版の『ウィザードリィ』か、プレイステーション版の『リルガミンサーガ』のどちらかです。たぶん中学生くらいでした。ニンテンドウパワーで書き換えるSFC版の『ウィザードリィI・II・III』もありましたが、当時小学生の自分は存在を知らなかったので。

ーー『ドラクエ』や『ファイナルファンタジー』のようなRPGが主流になっている時代ですが、衝撃のようなものは感じましたか。

蝸牛:『ポケットモンスター』もありますね。『ポケモン』は自分が直撃世代なのでよく遊びましたが、『真・女神転生デビルサマナー』『デビルサマナー ソウルハッカーズ』シリーズも遊んでいたので、どちらかといえば『女神転生』シリーズに近いかなという印象です。そうしたRPGがウィザードリィの影響を受けているから当然の印象なのですが。ただ衝撃はあまりなかったです。すでにベニー先生や他の方の小説を読んでいたので、そういう世界観なのだという納得の方がありました。作家としてゲームの世界を現実に落とし込んだようなものを書こうとした時も、ベニー先生や他の方が書かれたものがありましたから、直接というよりは間接的にウィザードリィの影響を受けていると言えますね。

ーー黎明期のウィザードリィから影響を受けて書かれたベニー先生の小説から影響を受け、ウィザードリィを遊んだり小説を書いたりする世代が出て来ているという感じですね。

ベニー:だから今、ウィザードリィの#1から#5が遊べないのが大変に残念です。『ブレバス』は、そのあたりのゲームがまた、まとめて遊べるようになるきっかけになれば良いなと夢見させてくれる内容だったんです。

蝸牛:自分も夢に見ています。どうにかして手に入れて遊んで欲しいと思っていますから。

ーー今回、ベニー先生とお話しをされて蝸牛先生が伝えたいことはありますか。

蝸牛:お話しできているだけで感無量ですが、そうですね、あなた方の書いて来たものに影響されてこのようなものを書いてしまいました、という感じで、恐縮しています。それを面白かった、ウィザードリィらしいと言っていただけて、安心しました。このまま書き続けても良いのでしょうか?

ベニー:行っちゃってください。僕も続きが読みたいです。

蝸牛:ありがとうございます! まだ浅い階層の話ですから、このまま頑張って書いていきます。

ーーベニー先生は新しくウィザードリィ小説を書かれたりはしないのですか。

ベニー:嬉しいことにゲーム関係のシナリオの仕事があって、現在それで手一杯のところがあります。ただ魅力的な世界ではあるので、老後の楽しみにしたいかな。そうそう、書くという予定はあるんです。『Wizardry #2 - Knight of Diamonds』の世界を舞台にそれほど長くはないけれど、書いておかなくてはいけないというものがあってプロットは組みました。執筆は先延ばしになってしまっているんですが。

蝸牛:『Knight of Diamonds』の物語は、ベニー先生の作品ではドラマCDに入っているものしかないですよね。小説で読めるなら楽しみです。ここに1人ファンがいるので書いて下さい!

ベニー:頑張ります。それから実は『隣り合わせの灰と青春』がコミカライズされるんです。

蝸牛:えっ!

ベニー:リイド社が運営してるコミックWEBマガジン「コミックボーダー」で12月23日から連載がスタートします。タイトルからウィザードリィを外して『魔境斬刻録 隣り合わせの灰と青春』として、キャラクターの名前や呪文といった固有名詞も変えました。モンスターのデザインも漫画を描かれる稲田晃司さんが1からデザインしなおしました。

蝸牛:それはすごいですね。ワードナの名前も変わって来るんですね。もしかしてアンドリュー……。

ベニー:さあ。ただ、非常に回りくどいかたちですが、そこに過去のウィザードリィへのリスペクトを1さじ2さじ加えてありますので、読んでいろいろと想像をめぐらせていただければと思います。

蝸牛:ファンとして早く読みたいですし、『小説ウィザードリィⅡ 風よ。龍に届いているか』のコミカライズも読みたいです。

ベニー:『灰と青春』の反響が良ければ、ですね。

蝸牛:この対談を読んでいらっしゃる方は、すぐにコミックを読んでください。私のために読んでください。コミカライズの続きが読みたいので(笑)。

ーーゲームのウィザードリィも、『ブレバス』を刊行したドリコムから最新作の『Wizardry Variants Daphne』が2022年度中にリリースされる予定です。期待はありますか。

ベニー:『ブレバス』や『灰と青春』のコミカライズが盛り上がるのはゲームとしてのウィザードリィが鍵だと思っているので、ユーザーに受け入れられることを願っています。

蝸牛:今の時代に正統派のウィザードリィとはこういうものだといったゲームが出てくれるのが良いと思っているので、ベニー先生と同感です。ゲームのPVを見ていて、仲間の冒険者がこちらに向けて語りかけてくれたり、戦っているところや首をはねられるところを主観視点で見ていたりするところが気に入りました。過去のウィザードリィは、仲間のキャラが自分の脳内でしかイメージできなかったので、それが可視化されて、向こうからわちゃわちゃ話しかけてくれるのは良いなあと思っています。これぞウィザードリィだという期待があります。あとは#Ⅰから#5までが移植なりリメイクされれば万々歳なんですが……。

ベニー:そこは是非、今の環境でプレイできるようになって欲しいと思っています。

ーー最後に、これから『ブレバス』や『灰と青春』を読む人たちに向けてメッセージをお願いします。

蝸牛:精いっぱい、がんばって書いているので楽しんでもらえたらそれが1番です。古参のウィザードリィファンの方には、あーあー蝸牛くもとかいう奴がウィザードリィに影響を受けてこんなものを書いちゃったよと、笑って許して頂ければと思います。初めてウィザードリィに触れる人は小説を楽しんで頂けたなら、そこからゲームに入っていって頂ければと思います。

ベニー:今回のコミカライズで僕のことを初めて知る人もいるかもしれません。『ブレバス』や蝸牛先生に影響を与えたかもしれないというところを、電子書籍版の小説も含めて読んで感じてもらえたなら嬉しいですね。

蝸牛:蝸牛くもはたっぷり影響を受けています。ベニー先生の『灰と青春』や『風よ。龍に届いているか』『不死王』は本当に面白いので、読んで下さい。いちファンとして大いにアピールします!

ーーありがとうございました

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DREノベルス刊
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■ベニー松山関連情報
コミカライズ 隣り合わせの灰と青春
『魔境斬刻録 隣り合わせの灰と青春』(原作・監修/ベニー松山 漫画/稲田晃司)https://comicborder.com/

小説 ウィザードリィ
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『風よ。龍に届いているか』https://amazon.co.jp/gp/product/B01HLJZHNM/
『不死王』https://amazon.co.jp/gp/product/B01EJQ5L0Y/

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